何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

低所得者と所得の低そうな人の違い

星井七億さんの炎上がよくわからない。 - もう寝ろなの

「所得の低そうな人」という表現も微妙だと思うけど。そのあたりがわからないままだとまた同じ事しちゃうとおもうんだけどなぁ。所得と礼節に関連性はそもそもないわけで。ただ今回のは自ら燃料追加した例だからなぁ

 

興味深い部分があったのですが、「所得の低そうな人」という表現は「低所得者」を指しており、且つ、ご本人が高所得者ではないので差別的な目的はなかった。と。

 

確かに「低所得者」そのものは所得という属性がある一定の基準よりも低い集団をさすので、その言葉は差別ではないと思います。

また、「低所得者」とは基本的には事実をさしているので、侮辱云々の話ではありません。その集団に含まれるか否かは本人が理解している話ですから。

※ただし、この言葉であっても誰かに向かって使うと意味合いが変わりますので、この点は、あくまでも属性をさすものとしての意味としてとらえてくださいね。

 

一方で「所得の低そうな人」というのは、特定の人または集団に対して、その事実を確認せずに「所得が低い」というレッテルをはっているわけです。

たとえば、「sin20xxさんは所得が低そうな人ですね」といった場合に、事実か否かにかかわらず「私はあなたが所得が低そうと感じています」と言っているわけです。

これは前者が事実の状態を表す際に用いる表現であるのに対して、後者は事実か否かは関係なく、その為、基本的に形容する際に用いる言葉のもつイメージよりその判断を第三者にゆだねることになるわけですね。つまり、「所得が低そうな人」という表現は受け手によってとらえ方が変わるわけです。

ただ、実際には「所得が低そう」という言葉を第三者から使われた場合、たいていの場合はマイナスのイメージで受け取ります。理由は単純で、所得が低いことにメリットを感じる人がいない為です。

 

高い事が偉いとか、低いのが悪いではないんです。

低いまたは低そうな人とわざわざ第三者に形容されて何にも得することなどないんです。

この表現は最近漫画やアニメで多用されますね。「あの人はふつうね」という表現です。「ふつう」なので悪い意味はありませんが、実際にはマイナスの意味合いで使っていますね。まぁ、この場合前後のやり取りで明確になっていますが。

これは先のブログの中でも言及されていますが、たった少しの言葉の違いであるわけですが、その表現している文章や全体の意味が大きく変わってきます。

※もっとも、今回一番問題になったのは「本来不必要な礼節である」という部分だと個人的には思いますが。

 

 

言葉を使ったコミュニケーションは本来簡単なように感じます。ただ、ネットという環境は数千万、数億、数十億という人が繋がっており、その考え方は千差万別です。

 

私はネットの成長とともに大人になった世代ですので、特に強く感じますが、ネットはそれほど安全であるとは考えない方がよいという事です。

 

もっと明確にいうならば、各サービスが守ってくれるのはそのサービスの中で行われることのみであって、ネットとは、正しくはそのサービス同士をつなぐインフラそのものです。これは、日常生活でいえば、家の外と同じ事ですので、何の保証もありません。

 

サービスの中であったり、あるコミュニティの中ではある一定のルールや取り締まり等秩序を守る何かが存在します。

一方で、ネットそのものを見ると、そのような統一的なものもありませんし、管轄が国をまたぐ場合もあるわけで、はっきり言えば無法地帯です。

 

よく、インターネットの匿名・実名の議論でパソコン通信の時代とインターネットの黎明期の比較で論争がおきます。

これも無意味なもので、パソコン通信とはある意味個人が特定のサービスやコミュニティーに接続に行き、その枠の中で活動するものでした。一方でインターネットは、それらが無秩序につながり、コミュニティ同士の垣根もかなりあいまいなものです。

 

少なくとも、インターネットそのものが安全であった時代はないし、誰かの定めた・まもった秩序によってよりよく保たれたこともありません。

 

議論の中でよく、ネットは昔よりも住みにくくなったとか、最近は沸点の低い人が多いとか言いますが、そんなものは昔から変わったとは思いません。

ただ、変わったことといえば、自分の価値観と違う人を受け入れられない人が増えたなとは思います。それに拍車をかけて、ネットに接続される人口の年齢層が広がったという部分も影響しているかと思います。

 

もともとネットの良さは日常では出会うことがなかったり知りえる事がない事にも触れる事ができる部分だと私は思います。

 

この利点は同時に欠点でもあります。

 

つまり、自分とは全く価値観の違う人が楽しみや驚きと同じぐらいそこに存在しており、その渦の中に自分も身を投じているわけです。

 

結局の所、ネットとはこの部分を理解して使えるかどうかかなとも感じます。

 

近い価値観、同じコミュニティ内であれば、それほど誤解を受けることもなかったかと思います。仮に、誤解を受けてもそれは解消可能な範囲であったと思います。

しかし、ネットはそれ以上に価値観の異なる人や異なるコミュニティの人がいるわけですから、何かしらの摩擦が生じた場合は、自身の意見を述べるだけでは収まらないのはやむを得ないと感じます。

 

今回、どんどん状況が悪化したのは、結局その最後の部分、つまり、異なる価値観の人に対して自分の意見を発信し続けても理解してもらえる可能性は非常に低いという部分について気付けなかったのかなと考えており、その行為が結局はより状況を悪化させたものと感じています。

 

まぁ、放置できない話題や曲げられない話題もあるかと思います。

 

そういったものは仕方ありませんが、それ以外については、「そういう受け取り方もあるのですね、思慮不足でした。すみません。」程度のやり取りで、しつこく来る人にも同じ扱いを続けるしかないかなと思います。

 

(追伸)

今回の一見で掲載されていたメアドを使っていたずらした愚か者がおりますね。もはやそういうのは何の正当性もないんですけどね。

で、ネットに情報を公開するというのはとにかくに大なり小なりリスクと隣り合わせなわけです。

 

それは本人の意思に関係なくです。

 

最近ネットに携帯番号や口座番号などをさらす行為を行う人が増えました。

私は重ねて注意したいのですが、そういったものが本当にリスクとなって襲い掛かるのはこういった本当に何気ない瞬間なんですよね。

ですので、「なんもないから」とか「別にいいし」という事ではなく、無駄なリスクをしょわない意味でもそういったものをむやみに公開するのはやめましょう。

一度ネットに公開すると、魚拓もありますが、キャッシュに残ったりする関係もあり自分の意思ではコントロールできませんから、本当に最新の注意を持って行動をしてほしいと思います。