「動物はあなたのごはんじゃない」 動物権利団体に聞く、フォアグラ弁当抗議の真相|ウートピ
つまり世の中をどうしたいのかと。人為的な生産を否定する方向に行くと一番最初に困るのは貧困層になる。その現実と向かい合ってその上で戦っているのであれば何も言わないが。効率では解決しない問題で経済のお話。
読んだ。
コメントではいろんな意見が飛び交っていて面白いんだけど。ちょっと斜め上なものもあった。
例えば、『フォアグラを食えなくても餓えはしない』というものもそうかな。
そういう問題じゃないと思うよ。
彼らが今回フォアグラを問題視し、ファミリーマートをターゲットに行動したわけですが、彼らの行動原理は非常に単純で、この原理で動くならば、別にフォアグラだったから問題なわけではない。
事実、彼れらはインタビューの中で、その事をはっきりと言っているわけで。
残念なことに、植物も含め人間は別な何かの命を捕食しないと生きてはいけない。
もっとも、ソイレントのようなものがより究極的に進化すればそれ以外の選択肢が生まれるかもしれないが、今ではないし、当面解決策はない。
そもそもこの問題の一番の課題は、供給を絞る、つまり、自然に入手可能なものをありのままに頂くという形にすると、一番困るのは一般市民であり、ひいては貧困層が困るという事。
確かに、肉のみで人は生きるわけではない。
その一方で、肉を食べたい人も沢山いる。
人工生産という方法、つまり、食べる為に人間が意図的に生物を生産するという方法を否定すると、富裕層にしかそういったものは回らなくなり、結果的には、貧困層が非常に制限された食生活に陥るという問題が残る。
人工生産というのは、ある意味贅沢と思われるが、実際は逆で、工業製品のそれと同じように一般化する手法として、大量生産を行い、その結果が今のありようになっている。
そもそも一昔前であればフォアグラが弁当で出回るなんて想像できないし、そのことそのものがそれを表している。
確かに、『フォアグラだけ』が問題になっているのであれば議論の余地はある。
ただ、彼らが問題視しているのは『フォアグラ』ではなく、人間の食を満たすための人工的な手法そのものであり、その一番分かり易い例が『フォアグラ』であったに過ぎない。
これははっきり言って、マーケティング手法と同じで、より一般の人が同情しやすいものを利用して自分たちの意見を言っているわけで、その結果なんて彼らはなんら責任はとらない。
『肉を食べなくても人は死なない』というが、その理論でいえば、その事一つだけをとればたいていのものはなくても人は死なない。
そうじゃないんだよ。
『肉』が流通しなくなることによる起こる問題。流通量が減れば価格は高騰する。価格が高騰すれば高級品となる。高級品となればより付加価値をつける方向に世の中は動く。そして『肉』がなくなれば次は『魚』。『魚』がなくなれば次は『野菜』かもしれない。
『何かが失われる』事により起こる問題を解決できない限り、綺麗ごとを言っている人の自己満足に過ぎないんだよ。
確かに人間の欲が起こす事ではあるが、人間はそんなにきれいな生き物ではない。
食欲を満たす事で、ほかの欲を抑えている人もいるだろう。
月に一度、おいしい肉を家族で食べる。
週末には自分へのご褒美としてちょっと高いケーキを奮発して買う。
いろんな楽しみがあるがそれも欲。
ただ、そんな欲をすべて抑え込んでいけばどうなるだろうか。
全てを完全な形にすることなどはできない。
優劣ではなく、どうする事が地球全体で考えた時にいいのかと考えなければならない。
人間が滅べばいいという人もいるが、それも同じ事。
人間が滅べば、おそらく種のバランサーがいなくなる。バランサーがいなくなるという事は優劣のみで全てが決まる。
これは人間の欲による行動原理の究極のものが世界を覆うという事。
その結果、確実に劣等種は滅ぶだろう。
人間による人災も多いが、それだけではないし、どうしても選択しなければならない事もある。
少なくとも『フォアグラ』のみを議論しているわけではない時点でお察しかと思う。