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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

自然との付き合い方とかつきあわない事とか

自然災害が大変だというなら、リスクの高いところは自然に返せばいいんじゃないか: やまもといちろうBLOG(ブログ)

どの程度田舎者がいるのかしらんが、田舎(人口50人とかその程度の村)で開発してほしいとか、過度な監視、対策をしてほしいなんていう人は実際はいない。大抵村の外から声の大きな人がやってきて、勝手に開発する

 

よんだ。

 

まぁ、コメントでは火山山頂であったり、そもそも人がすんでんのかというような部分をさしている人もいそうですが。

 

自分も田舎出身だし、毎年祖母の家にもいっている。

小さい頃は、季節毎とはいわず、頻繁に祖父母の家に泊まり込み、それこそ、目が覚めると手のひらサイズの蜘蛛が闊歩していたり、ウリボーが庭をほりかえしていたり(テレビのイメージでは突進するように思われますが、あれらは穴を掘りまくるんですよ、えさの為にね)、謎な動物に荒らされていたりとまぁいろいろ体験してきたわけです。

 

もっとも、記事の話はリスクの高いところであって、田舎云々ではないのですが、そもそも人が住まない、それこそ活火山の河口付近について、安全性を前提に再整備を進める事に私は意味はないと思いますよ。

 

やるべきは入山制限であって、整備ではないかと。

 

山に上りたい人はいるだろうし、そこには生活を営んでいる人が少なくともいるわけですが、その為に不足する国庫から資金を出すのかと。

崖崩れや、土石流であったり、そういったものへの対策を行う事は、人が住む・住まないに関わらず行うのですが、そこに人が立ち入るとなると二段階程対策のレベルがかわってきます。

 

私の親族が鹿児島にいるのですが、例えば、桜島の周辺でいえば、昔は登山も可能でしたが、今は入山できません(裾野は入れますが)。

当然、安全性の問題があれば、地域住民からすればそこに立ち入ることが当たり前のものであっても、制限すべきことになるわけで。

 

まぁ、桜島の場合、今でも噴火していますし、レベルは違うと思うのですが、そもそも活火山は約100個程あるわけですが、それを全て入山規制したとしても登山するに問題はありません。

 

実際、鹿児島でも、以前(といっても私の父おやであったり祖父母の時代ですが)は学校行事で桜島に行く事はありましたが、今では、阿蘇山であったり、開聞岳であたったり、別な所にいくわけで、それは仕方が無いと思いますし。

 

まぁ、全てを規制すべきというのは極論ですが、監視を行いつつ、危険性がある場合は入山規制を速やかに出す。

そして登山者は、少なくとも火山に分類されるものは、入山規制がでることであったり、入山規制がなかったとしても、活動している山である事を認識してそれに接するようにするという事をちゃんとする事が大切だと思います。

 

鹿児島の桜島を生でみるとわかりますが、火山は普通に恐ろしいものです。

 

夜、遠目でみて、大きな爆発の時は赤い溶岩が流れるのが見えますし、あの噴煙が一気にのぼり、ひろがる姿をみると、自然に対して人間ができることなど本当に限定的なものでしかないということがよくわかります。

 

あれをみて、阿蘇山にいくと、阿蘇の火口に近づくコトが本当に怖いですし、私も親族に初めて阿蘇山に連れて行ってもらった時は、火口に近づくとか、俺を殺すきか、と、思った程でしたから。

実際は、そんな危険な場所ではありませんでしたが、桜島をみた自分からすると、火山は危険なものという思いがつよかったので。

 

もっとも、鹿児島に住む人間で、桜島が怖いという人は少なく、どちらかというと、火山灰の影響で、大変(風向き命)という事の方が本音でしょうが。

 

何れにせよ、自然に返すという話とは少しそれますが、自然に人間が立ち入るということはおおかれすくなかれリスクがあるわけで、その事を国や政府、自治体が担保すべきというのは無理筋です。

 

立ち入る人間がそれとどう向き合うかをちゃんと考えないといけないし、活火山と死火山の違いや、そもそも火山というものの理解であったりを行う事が重要で、その支えを行うのが、国や政府、自治体である程度の話かとおもいます。

 

人口が減るということであったり、国が衰退するという事が起きると、基本的には我々の生活にはどんどん制限がついてくるわけで、そろそろちゃんとそういった事を理解する時期に来ているのだと思います。