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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

"意見"とは少なくとも虚偽ではなく事実によって構成すべきものかと

 

田村淳氏が上杉隆氏との会話の件について、荻上チキ氏からネット上で指摘されている件に関するツイートです。

 

彼は何を勘違いしているのかわかりませんが、別に異なる意見について拒絶しているという話ではありません。

 

虚偽の事実を、それも公共の電波にのせて、且つ、一方的に発信しているということが問題なのですが。

 

本人からすればツイッターでお話は伺いました、とか、別に問題はあれ取材に類する話はあったはずだとか考えているのかもしれませんが、上杉氏がこのような問題行動を起こすのはこれが初めてではありません。

 

荻上氏もツイッターやその他媒体を通じて問題を指摘している人は上杉氏の“意見”を問題にしているわけではなく、あくまでも“虚偽”を公然と繰り返すという行為が問題で、それが個人のブログで行われているならまだ可愛いものですが、公共の電波を通じて行うという事に問題があるわけで、何か勘違いしているようです。

 

別なブクマのコメントにも書きましたが、基本的に芸能人や有名人と呼ばれる人は、人脈は広いかもしれませんが、だからといって、その人の知識が周囲の人の知識量の比例して増えるわけでも、ましてや、その人脈に存在する人々が、必ずしも正しい意見・知識をもち、それを善意で伝えているというわけではないでしょう。

(ここは意識的なのか、それとも、無意識的に、なのかという問題はありますが)

 

何れにせよ、公共の電波を通じて発信する番組をもっている“程度”の話で、自身が文化人であるようなそぶりで、嘘を嘘と理解も確認もしないまま、平気で公共の電波で発信するというのは、有名人であっても、もはや、一般人でも非常識であって、そこを“様々な意見があるべき”とか訳の分からない話にもっていく時点で、一度、基礎教育からやり直してくるべきだと思いますが。

 

ほんと、芸能人が時事問題や歴史問題、政治といった類いに絡む場合、大抵お粗末であるので、いい加減自分たちがそういったキャリアや知識をもっていない事を理解し、もしも、どうしてもそれらを語りたいなら、ちゃんとした知識や経験を得てから話すようにすべきかと。

 

ほんと、いい加減にしてほしいわ。