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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

地下処分場の話について思った事

 



よんだ。

いろいろと感慨深いものがあります。

 

 

以下、全然元記事とは関係ありません。

 

3.11から数年がたち、いまだに日本は無意味な2元論に固執している状況ですね。

私は原発推進派でも反対派でもないのですが、ポジション的には推進するにせよ廃止するにせよすべての責任は全国民が背負う前提で進めるべきという立場です。

 

その前提であれば、結果的には最大幸福で物事を決するしかないかなと。

 

この考え方はおそらく、反対派の方からすると、そんな身勝手なという話に聞こえるかもしれませんし、推進派からすると「それ結局賛成なんじゃねーの?」みたいな話に聞こえるかもしれませんが、責任を全国民で背負うなら結局どっちを選択しても平等だと僕は考えていますので。

 

ただ、僕自身は実はそれほど原発に嫌悪感を持っていないのです。

 

理由はなんとなくわかっています。

僕は幼少期から原発のすぐそばで生活しており、小学校のころから見学や遠足で赴くなど、いわゆる原発を常にそばで感じて生きてきたからなんでしょうね。

(いわゆる地元自治体ではありません、地元自治体になれなかった残念な方ですね)

 

なので、事故が起きた、だから原発は悪であるという感じにはなりませんでした。

今でも、功罪双方が存在するのが原発で、悪の象徴でも善の象徴もでないと考えています。

 

原発はある意味、実に人間的なものだなというのが個人の意見です。

 

今日、一日は震災の話題で持ちきりでしたが、やはりそこでは地下処分場の話がでていました。

 

僕は、自分の地元や自分が住む東京がその対象となったとき、おそらく反対はしないですね。

これもやはり、そもそも核のゴミが自分の生活圏に来るという怖さが、そもそも原発のそばで生きていたという経験から、全く原発と縁のなかった人と比べると、まぁ、原子力のメーターが普通に道端にあったり、少しでも何かあるとローカルニュースでその話題に触れるなどしていましたから、その影響だとは思います。

 

現実的に東京のど真ん中で受け入れる事のリスクはどうするんだ?という議論もありますが、別に東京のど真ん中でなくてもそのリスクはあるし、そもそも東京の方が立ち回りやすいよね?ってのは感じます。

 

ただ、観光資源としての東京の価値はなくなりますから、羽田や成田等への影響、国際都市としての地位の下落など、ある意味日本の国際的なポジションにもろもろ影響はするでしょうが、受け入れるを断るかどうかという点について自分の生活圏が影響を受けるという事への回答だけであれば、僕は受け入れると思います。

 

これ、母親とも話しました。

母親も一緒の回答でした。

 

そもそも今までも原発ありましたから、いまさら核のゴミが追加されたところで何か変わるのか?という思いがあるのが本音で、そもそも、今まで数十年そこに原発はあって、小さい事故もたまに起こしていたし、そこにそれよりは安全性の高いものが来たとして、それを恐れるというのももはやおかしな感覚だよね、という話になりました。

 

唯一おそれるのは、風評被害という話も一致しました。

 

原発と共に過ごした人間からすると、稼働する原発より核のゴミの方がおそらくは安全だろうし、そもそも原発が止まらない限りはゴミの方よりあぶねぇし、今とまってるけど、冷静に考えればあそこにも核のゴミは普通にあるわけで、変わんねえし、という思いでしかないですが、周囲の人、具体的に言えばそういった考えにならない人からすると、今までも原発はあったのですが、核のゴミを受け入れた瞬間に危ない地域という事をなんの根拠があってか吹聴して回る人がでてくるだろうねってことにはなり、その影響を受けるという点については国民の冷静な対応ができないとどうにもならないねぇ…という事で電話は終わりました。

 

別に反対する人が間違っているという話ではありません。

 

ただ、受け入れという事はそのリスクの度合いが本当にどの程度あるのか理解できないといけないし、「かもしれない」という程度の話を膨らませて恐怖心をあおってもいけない。

もっと言えば、そもそも原子力とともに生活もしていない人が、候補地の住人でもないのに意味不明な反対運動や署名に参加するというのは、私は間違っていると思います。

 

受け入れという問題は複雑です。

 

現実的に今の科学力ではどこかで受け入れて完全な解決が可能な手法が見つかるまで保管するしかありません。

どこかの地域が断ったところで、別などこかが受け入れるしかないので、拒否するということは、誰かに自分がいやなものを押し付けるという事にすぎません。

 

とはいえ、原発と何ら関係のないところにいきなり「そっちもっていくからね~」なんて言われて「わかりました~」なんてなるはずもないのはわかります。

前述の通り、原発というものと身近に接点のあった人間と、震災をきっかけにして初めて原発を語るようになった人や、初めて考えるようになった人では感じ方も違いますし、それは仕方ないですから。

 

なので、受け入れの問題は、何が正しいという事の定義はできないのですが、唯一やってはいけないことは、関係のない人間が、何ら確証もない情報のみで、嘘や噂の類を吹聴すること、それをヒロイズムのような何かと思い込み動くこと、これはしてはいけないですね。

 

地元や周辺自治体の住人が悩むべき問題で、ネットであーだこーだいってるわりに、その人は普通に東京にいて、原発なんぞと生活もしたことないのに、突然、反原発といわれても正直困惑しますし。

 

別に原発と生活したことがないなら原発について語るな、といいたいわけではありません。ただ、多くのネットに転がっている嘘に近い情報や、極端に偏ったソースばかりで原発を知ったような感じで語っている人を見ると、いやーおれ20年近く原発近くで育ったけど、別になんもねーよ。としか言えないし。

 

おそらく、そういった人に何をいっても理解できないだろうし、冷静な判断はできないのだろうけども、とりあえず、嘘とかデマ、都合のよい事実を吹聴するってのは、推進派にとってだけでなく、反対派にとってもたんなる邪魔でしかないので、ほんと少し考えてほしい。

 

本人にとっては嘘ではないのだろうけど、周りから見ると、それどう考えてもデマだよね…ってなるわけで、そうなると反対する人ってこんな人よね?みたいなわけのわからない話がまた蔓延するわけで…

 

反対派の中にも合理的観点で物事を語っている人もちゃんといるんですよ。

でも、どうしても話題になるのは、反対するために冷静な意見を出している人ではなく、パフォーマンスに近いだけの行為の人ばかりで、結果、本来聞くべき重要な意見が漏れていっているのが今の日本の現状です。

 

どちらの意見もちゃんと聞いて、結論をだしていかないといけないわけなんで、そこんところよろしくお願いします。