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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

EU離脱に思う事(似非寛容社会の限界)

 

英国民投票 EU離脱多数が確実 英BBC | NHKニュース

難しいのは移民問題の対処なんだよ。EU離脱の既成事実ができると移民をEUが受け入れる正当性(民意)が否定されるので、その先はEU以外への移民の受入要求なんだよなぁ。一番ババ引かされるのが日本になりそうだけど。

2016/06/24 16:36

 

よんだ。

 

コメントの通りで、そもそもある程度事情を考えれば結果は明らかだったので、この結果自体は当然かと。むしろ残留派がここまで盛り返したと言うことの方が驚きでした。

 

さて、このEU離脱を通して思うことは、人それぞれだと思います。

対岸の火事と受け取る人もいれば、公私いずれかの理由により当事者として受け取る人、そもそも意味がわからない人などなど。

 

私は今回のUE離脱を通して感じたことは「似非慣用社会の限界」が形になったなぁ、という事です。

 

EUには昔から様々な問題がくすぶっており、その問題の捉え方も国により様々です。

 

ただ、近年の課題は多くの場合で財政問題と移民問題に集約され、そこから派生するように様々な問題が起きているというのが実情です。

 

何れの話も構図は非常にわかりやすく「誰かが誰かの為に犠牲になる」と言うことを国家の枠を超えて日常的に実施しているのがある意味EUで、その事に昔から納得のいかない人がいたのですが、それが債務問題や格差、移民問題などでより顕著になったというものです。

 

本来であれば、EU離脱などという大きな問題を国民投票にかけるというのは、国としてリスクが高すぎる為やらないものなのですが、当時政権与党の支持率が下落し、自身の保身のために約束したのが国民投票でした。

恐らくは離脱する事にはならないだろう・・・程度の甘い考えであったと思うのですが、その後のEUでの移民問題の複雑さを考えると、選択してはならない選択肢であったことは言うまでもありません。

もっとも、結果だけを単純にみれば約8割の投票率で過半数以上が離脱を支持したわけですから、イギリス国民にとっては「選択すべき選択肢」であったわけですが。

 

さて「似非慣用社会の限界」として私はこの問題をとらえているのですが、簡単に言えば、世の中そんなに単純ではない、という事です。

 

例えば、EUの理念からいって、国力の差を上手く調整し、富める国は貧しい国を支援し共存共栄をはかる、という事になるわけですが、普通に考えて貧しい国がある日突然豊かな国になる事はありません。少なくとも10年、20年という歳月をかけて、段階的に債務の返済や収益性の改善などを行うわけで、仮に移民問題や債務問題がなかったとしても、安定的に国を成長させるというのは難しい問題です。

 

移民問題はさらに複雑で、移民の受入自体は社会として考えなければならない事であはりますが、一方で、移民を差別する事を認める事などありえませんから、当然、移民と職や生活が重なる人は共存する事を実現するか、または反発する事となるかの何れかに自ずとなります。多くの人は「共存の道があるはずだ」と簡単に言いますが、そもそも移民問題がなかったとしても貧富の差はあるもので、そこにさらに移民が入るわけですから、雇用のバランスが崩れる事は言うまでもなく、生活環境下での様々事についても状況が変化していきます。

人口が増えると言うことは福祉の負担も増す事につながりますし、公共施設や設備、住居、病院、交通路などの状況の悪化、言語環境の複雑化や治安への影響など、本質的には直接移民問題と関係がなかったとしても、人は影響がでてきたと感じればそれを意識せずにはいられません。それは社会不安となり、これまでにはおきなかったような問題にもつながるでしょう。

 

本来、複雑な問題の対応は安易に受入や容認を表面する事はだれの為にもならず、もっと真剣に、直近の様々な課題だけでなく、その影響が及ぶより多くの様々な事柄についても同様に検討し、非常に複雑な対応が求められるわけです。

しかし、多くの人はその事が自分の問題となるまでは自分は聖人でいる事が正しいと勘違いし、結果、現実的ではない選択を行ってしまいます。

 

良い判断は必ずしも良い結果を招くわけではありません。

良い結果を招くには、正しい判断が必要で、その正しい結果を正しく判断する事は、全ての関係者にとって長期的な利益をもたらすのです。

結果の伴わない判断は、あなたにとっては良い判断であったと感じても、それ以外の人にとっても良い判断であったとは言えないわけで、それは結局自己中心的な判断でしかないわけです。

 

この問題は日本でも同様の事が言え、同じような判断、検討すべき事柄が多数あるのが実態です。

 

社会福祉費の問題、年金、消費税、原発基地問題自衛隊や安保問題、尖閣南シナ海などの海洋資源や領有権の問題、あげればきりがありませんが、これらもEU離脱と同じような構図で起きている問題です。

 

日本人は島国であるが故、海外で起きていることについて「外国は大変ねぇ」という本当に他人事のように感じてしまいがちです。

 

しかし、実際には我々も同じ決断や環境に追い込まれており、当然このEU離脱問題の先には、私たち日本の中での問題も影響を受けるだけでなく、間接的に余波が及ぶものも多数あるでしょう。

 

まだ現時点でEU離脱の結果や影響は誰にも正しくはわかりません。

離脱に票を投じた人は今喜びでいっぱいで、1年後、2年後もそうかもしれません、が、逆に1年後や2年後に「なぜ我々はあんな決断をしてしまったのだろうか」と思うかもしれません。

逆に残留に投票した人も、今は悔しさや悲しみ、不安でいっぱいかもしれませんが、もしかすると1年後は「あぁ離脱してよかった」と思えるかもしれません。

 

結局どうなるかというのは誰にも正しく判断する事はおそらくできないのですが、ただ、判断をするときは、他人や周囲の意見であったり、ヒロイズムに酔うなど本質的でないことで決定しては絶対にいけません。

 

「寛容さ」というのは、本来はもっと複雑な意思決定の先にあるもので、そうでないものは単なる「無責任」でしかありません。

移民の受入は人として当然であるという事は多くの人が感じるでしょう、ですが、それを実現する適切な策がなければ、無責任な方針を誰かがぶちあげたに過ぎず、結果それを誰が負担するのか?という問題に行き着くわけです。

 

日本でも「寛容さ」と言うことを使う人が多いですが、それは本当に「寛容さ」の話なのか、それともその意見は「ただの無責任」なのか、今一度しっかり考える必要があるのではないかと感じました。

 

ちょうど参院選もありますし、その後は東京都民は都知事選もあります。

EU離脱ほどのインパクトは感じないかもしれませんが、我々の日常やこれから先の事にとっては同じように非常に大きな影響を及ぼします。

 

ちょうどよい機会ですので、そういったことも考えて行動する必要があると私はこのEU離脱の話題から感じました。

 

(追記)

移民と難民の表記を区別していないな・・・ちょっとわかりにくい(そもそも問題は別の話なので)ので修正しようかとも考えましたが、勢いで書いているので結構めんどうなのでとりあえずこのままにしておきます。