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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

宗教的なものや信仰的なものについての排他性

 

三原じゅん子氏「神武天皇は実在の人物」 当選後に池上彰氏に答える(参院選)

そりゃ、アメリカで進化論ではなく人は神が作った説が本気で信じられる割合があんなにあるんだから、この回答について違和感を持たない人がそれなりにいる事自体は別に宗教観としてはあり得るんじゃないかと。

2016/07/11 15:17

 

よんだ。

 

私もあのやり取りをリアルタイムで見ていたので、まぁ、対応へたくそよね、とは思っていますし、そもそも歴史的に証明できていないものは事実としては信じない立場ですのでこのやり取り自体は「へぇ〜」程度の感想でしかありません。

 

ただ、ちょっと気になるのはブクマ界隈の反応。

政治家としてどうなのか?という点について個人的に意見は現時点については持ち合わせていません。

仮に事実であった事を本人が盲信したとして、それ自体は信仰・宗教の自由の類いだと思いますから、それを全否定すると、他の宗教にも影響は波及する話です。

 

ただ、信仰や宗教とあえて書きましたが、この手の話は世界的にはごく普通に存在している話題で、宗教によっては「死なない」という事を盲信する宗教もありますし、ブコメにも書きましたが、進化論を否定する人が比較的多くいる国も普通にあります。

 

で、それを「いや、おまえ頭おかしいだろ」と切り捨てると、日本ではまだしも地域によっては確実に命の危険にすら及ぶこともあります。

 

私の意見として、信仰や宗教の類いは、まぁ本人が信じる分にはそれ自体は否定すべきことではなく、それを第三者にまで影響を及ぼす行為を具体的に行う段階で問題にする話だと考えています。

 

もっともこんな話をすると「そうなってからでは危ないんだ」と言う人がいますが、それって自民系がいう危機に対して今から防衛する為に、自衛隊の位置づけを明確化する、であったり9条を改正するという主張と一緒じゃないですかね?

(そうなってからでは遅い、という理論ですよね?なんか結論が違えどなんとか会議とかとおんなじような理論じゃないですかね・・・。と思わなくはありません)

 

当然それらの話も、具体的な事実や事案を元に議論し、それでも必要であればやるべきですし、冷静に考えれば、それほど危機感を持つ必要がなかったという結論にいたるならば、改正の必要はないでしょう。

 

先日も書きましたが、近年の日本は「友愛」とか「信頼」とか「平和」、「平等」であったり「資本主義の否定」的な意見がブコメでも比較的見かけやすいわけですが、こうった人や行動に対して、全力で否定するってのは、そういった事と相反すると思わなくもありません。

 

個人的には人である以上、ある程度ダブルスタンダードになるのは止むを得ない(そんなに人間は完璧ではないし、意見がぶれたりする事も普通にあるので)とは思いますが、一度冷静になって、それを今そこでそれを詰めるのはフェアなのか?という事は考えた方がいいのではと感じます。

 

鹿児島の原発問題に触れたブコメも投稿しましたが、私は反原発派ではありませんが、ちゃんと議論する素地が作られる事には賛成です。

当然、その結果停止すべきとなれば、適切な手順と万全の体制(停止させ管理することもそんなに簡単ではないので)で行うべきですし、そして停止させた場合、当該地域への経済的な支援や、社会的な支援は万全を尽くしてほしいと考えます。

極論言えば、復興増税とはさらに別枠で、そういった地域に経済的支援(おそらく失業率もがあるだけでなく、倒産や経済の低迷など様々な影響がおきるので)を国全体でやるべきはなしですから、そういった点まで確りと計画をたててやって頂きたいと考えます。

 

停止させるのはゴールではなく、スタートラインの一つでしかありません。

どこがゴールであるかはちゃんと理解すべきだと私は考えています。

そういう意味では、再開もスタートラインの一つですから、私の中では確りとした議論の延長線上のスタートであれば、何れの結論も受け入れられるものです。

 

重要な事は、仮に自分と対立する意見であったり、自分とは異なる意見、理解しがたいものであったとしても、まずは理解する努力と、対話する努力はもたないといけないということで、それは相手ではなく自分が持つべき事であると言うことです。

 

当然それでも対話できないことはあるわけですが、まぁ、それは対話できないという結果をもってその後を判断しても良いわけで、どのみち、特に原発問題なんていうものは、1年や2年で簡単に結論がでるものではありませんからね、ちゃんと腰を据えて話し合うと言うことは重要です。

 

個人的には時間を作る為であれば、前述の通り、復興増税のような形で全国民から資金を集め、停止分の負担を全額税金でまかなってもいいんじゃないかとも考えます。

停止させるというのは、別に電力会社が一身に背負うべき負担ではありませんからね、少なくとも電力政策というのは、支持した・支持しなかったという過程に関わらず、結果でいえば、国の方針の下に整備していたわけですから、無駄なお金は当然使うべきではありませんが、時間を買う為にお金を払うというのは、それはそれでよいと私は思います。

 

一番良くないのは、双方が相手に全く歩み寄らず、自分の言い分だけで相手をねじ伏せようとすることで、それは全くもってなんら進歩も進展もありえません。

 

この記事を読んで感じたのは、やっぱり日本人は(本当の意味での)寛容さがたりないなぁ、と思いました。