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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

高畑淳子さんの記者会見やその後のマスメディアで高畑裕太被告について語る報道から見える日本の異常さ

 

「私はこの、レイピストである俳優の母の涙は理解できません」 ジェーンさんからの電話(小川たまか) - 個人 - Yahoo!ニュース

そもそも親であるからといってマスコミ対応しなければならない日本社会が以上なんだと思うよ。被害者保護や被害者のケアを優先するならあんな意味もない謝罪会見を公共の電波で流す意味はない。国として恥ずべき話。

2016/08/30 23:40

 

よんだ。

 

個人的にこの話について感じている事は、事件がおき、その後のメディアの報道姿勢とそれをビジネスとして群がる芸能人の異常さ。

 

そもそも、性犯罪というの加害者について明らかにする前に、被害者のケアや被害者の保護を優先すべきで、記者会見の内容が真実だとするならば被害者と加害者側でコンタクトが取れもしない状況で記者会見が開かれる事は当然異常だし、その会見や事件について公共の電波でさも社会性のある人間のように振舞う糞みたいな芸能人やコメンテーターがいる事にも正直吐き気がする。

 

日本のマスメディアが異常であるのは、私は国民性でもあるのだと感じている。

 

ある側面では、誰かの痛みを自身の痛みとしてとらえているような錯覚に陥るかもしれないが、それは明らかな誤りだ。

少なくとも、性犯罪のような非常にセンシティブな事については、現在進行形で扱うべきか否かの判断からはじまり、放送するにあたっても、被害者のケアを前提とした対応が求められるにも関わらず、加害者中心の報道が先行し、結果、被害者がそれをどのように"傍観する"ことになるのかなど誰も考えていないかのような状況だ。

 

ただ、なぜこのような事がまかり通るのかといえば、日本では常に「協調性」という名の足かせと共に生きているからだと思う。

 

例えば、今回の事件が親の七光りによるものである性質であれば確かに親が謝罪するという事も必要かもしれない。

が、少なくとも性犯罪とはそういった性質のものではないし、芸能人だから性犯罪率が高いわけでもないだろう(もっとも、被害者の割合という意味では多いかもしれないが)。

 

百歩譲って、親の子育てに問題があったとして、その言い訳が被害者の耳に間接的に入ったとしてそれが何になるのだろうか?

 

あの会見は、残念ながら「放送関係者の自己満足」と「視聴者の興味を満たす」程度のものでしかなく、それらの事を除くと100%社会に害しかもたらさない。

 

最低限、社会に対して、視聴者に対して謝罪を述べる場を作りたいという思いであったとしても、それは被害者との面談を終え、被害者の許可の上で行うべきで、その前提が整わない状況で行うとすれば、それは完全に被害者をより追い込むことに他ならない。

 

視聴者が、容疑者や容疑者の関係者からの謝罪を聞く事で何が変わるのだろうか。

いや、そもそも事件後に手のひらを返すように「もともとおかしいと感じていた」と何の意味があって語っているかわからない連中は、何を目的としてそんな下らない意見を公共の電波に乗せているのだろか。

 

その意見を聞いて、被害者が安堵すると?

 

お前らはその危険性を感じていた人物に対して、なんら適切な対応もせず、事件がおきたら問題をだらだら述べるという愚行を行っているのだが、なんでそんな無能なやつの話を電波に乗せて聞かねばならないのか。

 

正直、今回の一見でべらべらと口を開くメディア関係者は、つまりは他人の不幸に乗っかり自分の好感度や薄っぺらい社会的な地位を積み上げたいだけの人間で、本当の意味で社会性のある人間ではない。

 

そんなメディアの構図を作り上げているのは、なんでもかんでも興味本位で知る権利といったり、謝罪を求める意味不明な国民性であって、同罪である事を理解すべき。

 

別に芸能人が失態を犯した場合、視聴者に謝罪する意味なんてないんだよ。

貴方がテレビに映らなければいいだけの話で。

 

私はあなたに興味はないし、仮に興味がある、より関係のある間柄であれば、テレビを通じて謝罪される事は侮辱でしかない。

 

そもそも謝罪会見なんてのはそういうものであって、なんら価値のないものである事をそろそろ理解すべき。

 

どうしてもやりたいなら、謝罪文を新聞広告のような形で自腹で出せばよい。

 

あほらしいし、本当に胸糞が悪い。