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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

だとすると過払い訴訟の企業側弁護士は全員懲戒相当なんじゃないですかね?

 

提訴の弁護士「懲戒審査相当」 AV出演拒否で女性に賠償請求 日弁連異例の決定 「正当な活動」反論も(1/3ページ) - 産経ニュース

うーん。個人的にはそもそも弁護活動は対象となる契約の妥当性に対するものなのでそれ自体を問題視するなら同様にグレーなビジネスをやっている事業の弁護は全て懲戒相当にしないとだめなんだが日弁連はそれをやるの

2017/01/19 13:00

 

よんだ。

 

まず、前提としてですが、出演拒否という行為と民法の問題については、それはそれで解消すべき話です。

詐欺またはそれに類する行為について救済措置がないのは、それは弁護士法や弁護士の倫理規定ではそもそも保護できず、請求理由のような話では予防もできません。

そもそも出演拒否問題は、拒否する時点で救済できるだけの情報や知識を流布しなければ、済し崩し的に出演させられるという事がそもそも問題で、事後の処理で弁護士に倫理規定により云々なんてのは、もはや戦後処理について論じているわけで、状況はほぼ改善できません。

 

ところで、今回の内容は「訴えの正当性がないことを知りながら提訴するなどの『不当訴訟』とまでは言えないものの、提訴や訴訟内容に問題がなかったとは言えない」と記載があります。

この一文ではそういった訴訟の提訴に荷担する事や訴訟の中で倫理的に不適切と判断されるものについて弁護士が荷担する事があった場合、場合により処分相当の措置を行うと解釈できます。

 

と、するならば、いわゆるグレーな企業の弁護を請け負う弁護士はどのような倫理感で業務を行っているのでしょうか?

 

例えば、過払い訴訟は原則として過払い金を受け取る側が訴えますので、一見すると今回のケースとは無関係に思われます。

ところが、そもそも利益を得る側が必ずしも提訴する側とはかぎりませんから、この適用は当然提訴に関わらず受任した場合にその判断が必要という事になります。

とするならば、過払い金問題は、そもそも最高裁判決の確定から一気に流れが確定したもので、関わる弁護士が行っている事は「①過払いの不存在の主張(やるだけ)」「②起算日の協議(少しでも減らす)」程度の事でしょう。

つまり、そもそも受任する時点で、この訴訟は消費者に対して社会通念上認められないような交渉をとりあえず行うというものであって、大半のケースでは和解(ほぼ消費者側の主張通り。例外的に起算日を証明する資料が存在しない場合や分断の認定、引き直し計算の間違いの場合のみその訂正が行われる程度)に至る事は受任時点でわかっているわけですから、当然この裁判を引き受けると言うことは、消費者を追い込むことが前提となっているわけです。

 

仮に、過払い訴訟における企業側弁護士を処分相当として処理する場合ですが、虎ノ門あたりの弁護士事務所はばたばたと倒れるでしょうね。

 

当然、倫理上の話で言えば、契約書類のリーガルチェックの落ち度もあります。

社会通念上認められないような契約書た立て付けを作る弁護士は、当然その後に起きる不利益を理解しているわけです。

つまり、これまでは法的リスクが存在する事を説明し、最終的にはそのリスクを受け入れるのか否かは企業側の判断であり、弁護士はその判断に介入しないというのが当たり前でした。

ところが、弁護士が自信の職務に従い、リスクの説明などを行ったとしても、そのリスクを企業側が理解した上で、消費者に不利益になるような行為に至った場合、これは当然弁護士がその行為に荷担した事になるでしょう。

 

勘違いしてはいけないのは、弁護士の仕事は訴訟だけではありません。

当然、訴訟が一番わかりやすいですが、日常的な部分では、契約や約款の作成、交渉、法的助言など、大抵の場合、そもそも企業間で交わされる契約や、ビジネススキームの整理には弁護士の意見が多分に反映されます。

実際、新しいビジネスを開発する場合、特に金融サービスでは様々な法律との調整が必要であったり、様々な資格が必要な場合もありますから、そういったものも一つずつ、定義を明確にし、解釈を整理し、誤認されないよう文言を整理、場合によっては意見書を作成して頂き、それも含めビジネスとしての基盤とするわけです。

 

弁護活動による行為について社会的な影響を前提に処分を行うというのであれば、それは弁護活動だけでなく、弁護士としての活動全般に対して行うべきでしょう。

 

私が知る限り、企業の顧問弁護士というは、大抵の場合、企業側に立ち、如何に法律を回避しながら企業のリスクをなくすのか、言い換えると、リスクを企業の側ではなく消費者の側に持たせるか、というのが仕事になります。

こう言ってしまうと、悪のように思われますが、これは企業を安定化する事であり、それは社会を安定化させると言うことです。企業や社会の安定化が必要な理由は単純で、その安定化が消費者の安定適な生活には必須だからです。

 

その為、社会情勢や世論などの影響を受けず、純粋に法律に照らし適切な判断、助言、業務遂行を行う義務が弁護士にはあり、それがある意味弁護士が、弁護士として社会基盤を安定化させることに寄与する一つの方法でもありました。

 

しかし、今回の一件により、その前提は大きく変わりました。

 

今後は、弁護士は社会情勢や世論を意識しなければなりません。

その影響は恐らくは企業活動に影響を及ぼすでしょう。

 

その程度がどうなるかはわかりませんが、場合によっては、企業の安定性をそこなうような自体になれば、当然私たちの生活にも影を落とす可能性も否定できません。

 

被害者を救う、守るということは非常に大切です。

それは、予防的措置も必要ですし、同時に事後のケアも必要です。

 

ただ、本来その役割は法理やそれに類するもので対応するのが筋であり、少なくとも弁護士の活動について制限する事で対応するのは、確実に不適切だと言い切れます。

 

もし、そういった処分相当の対応を行ってでも、というならば、日弁連はまずは議員立法のような即時性のある方法で保護する手段の確立に全力を尽くすことが本来の役割であり、混乱の火だねを法律の専門家が作ると言うことについては、全くもって理解も同意もできません。

 

日本でも多くの人が、トランプ大統領の出現により、世の中は大衆世論の影響に左右されてしまうのではないかと考えたと思います。

 

その現象は今回の一件を見る限り、海の向こうの話ではなく、この日本でも起きており、それは法律・規範という一番揺らいではならない部分から影響を及ぼすという、本当に信じがたい事になっているようです。

 

「救うこと」を理由に雑な仕事を正当化してはならない。

「救いたい」のであれば妥当な手続きを妥当な方法で取るべき。

 

それをやらないのであれば、一時しのぎをしているに過ぎず、つまりは、しっぽ切りをするだけで、日弁連自体はこの問題(AV出演強要)について、本気で向き合おうとはしていないと言うことです。

 

これはそういう記事だと私は思います。