何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

組織の責任と個人の責任を混同してはだめ

 

sin20xx - 『大阪観光局:赤字2700万円、局長が自費で補填 - 毎…』 へのコメント

どういう経緯でもこれはだめよ。理由は2つ。一つは悪しき前例となることで後の争点になる。もう一つは組織の責任と個人の責任を混同してはぜったいいけないから。責任だけでなく同様の問題が意識決定でもおきるので

2014/10/23 03:17 にブックマーク

 

よんだ。

 

本当はコメントのみにするつもりだったけど、やっぱりいいたいので。

 

公務員やそれらの組織に限らず、民間企業でもそうですが、組織の責任と個人の責任を混同しては絶対にいけません。

 

コメントでも書きましたが、主な理由は2つ。

 

1つは、組織というものは常にその構成も判断基準も変わります。

組織なので当然ですが、そういった影響を吸収するのも組織の役割です。

当然、そこに属する個人がそういったものの影響をうまく調整するように働くことは重要な要素ですが、だからといって、そういったものの影響を個人が引き受けるというのはまったくもって正しくありません。

 

何かしらの意思決定を組織で行い、その結果、仮にうまくいかなかったとして、責任者としては悔やまれるところですが、それは責任者のみの問題ではありませんし、仮に他の責任者がやっていれば起きえなかった結果かといえばそんなことはないでしょう。

おそらく、その企画や計画そのものに問題があったであろうことは明白で、責任者がどうこうという次元ではありません。

ですから、責任者が取るべき責任は、せいぜい組織内で取りうる範囲の影響のとどめるべきで、その範囲を逸脱することを許容すると、それはもはや組織として機能していないこととなります。

 

まぁ、個人事業主レベルであればあれですが、組織でそういったことを行ってしまう、つまり、何かしらの事象は個人の判断や決定の結果に依存しており、そのことを組織として認定(または肯定)し、その責任の一部(または全部)を個人の責任とすると、その判断ロジックそのものが肯定されることとなり、当然、人が変わってもロジックは残りますから、組織文化としてそのロジックが他の人にも適用されることとなります。

 

これは完全に悪しき風習や文化として残ることとなり、何かにつけてこの事例が前例として担ぎ出され、大抵の場合も組織が不健全な方向に傾くでしょう。

 

後任であったり、その後のイベントであったりの運営・判断にも悪影響を及ぼしますから、絶対にやってはいけません。

 

確かに失敗した事業のケツを税金を使って埋めるというのは、国民感情的には許しがたいと思わずにはいられないですが、同様のことを、例えばあなたがミスをした場合にあなたが会社の損失の一部を個人で負担することが適切な行為として認定されるとすると、それを受け入れられるでしょうか。

おそらくそんな事は、仮に、自身にミスや判断の誤りがあったとしても受け入れられないでしょうし、それは、きわめて常識的な感情だと思います。

 

ある担当者が責任感であったり、または何らかの理由があったとしても、安易に組織の責任を個人が引き受けるような行為を、少なくとも組織が容認してはいけません。

 

 

2つめは、責任の逆で意思決定への影響です。

 

責任を個人が取ることが容認されると、当然、それに見合った何かがなければなりません。

自身のなんら決定権もなく、指揮命令権もない状況で、責任だけとるなんてことはおそらくないでしょう。

 

仮に、このイベントで失敗し、その責任を個人が補填することでことを済ませれば、言い換えると個人が責任を負うのであれば組織のリソースを使ってある個人の判断に依存して何かを行ってよいという事を認めるようなものです。

 

そうなると、当然、実施されるものがその組織として適切であるのか否かについて、責任を取らない人間が口出しすることは難しくなりますから、自浄作用も低下し、結果組織としては加速度的に不健全な方向に傾きます。

 

先日記事に書いた民主主義云々の話にもつながりますが、ある責任者が利己的であるか否かという事を常に保証することはできませんから、そういった意味で、組織という機能をもってそれらを牽制・管理できないといけないのです。

 

つまりは、個人が責任を負うという方法で組織の責任をかたずけるというのは、あらゆる意味で利点はなく、唯一今回のケースのような金銭的な負担というものについてもその後その組織が受けるダメージを考えれば、おそらくはマイナスになることは容易に想像ができますから利点は皆無といえるでしょう。

 

自分で責任を取るぐらいの意気込みで取り組むことは大いに結構ですが、その話を隣で聞いている上席の人間や同じ組織の人間が「そうだね」なんていう事に愕然としますし、言い出した個人はまぁ本人なりの何か考えがあるでしょうが、それを受け入れた組織の方がちょっとお前らあたま大丈夫か?と言わざる得ない状況ですよね。

 

特に、自治体であったり国の取り組みについていつも思うのは、費用対効果の効果を金銭的価値のみで論じるのは危ないという点です。

今回の件はそれに該当しないとは思いますが、人気がでないといけない、話題性がないといけないとかそういったことのみで取り組みを評価すると、こういった不健全な形がまかり通る温床になりかねません。

 

確かに税金でイベントをやるわけですから、それにみあった適切な何かである必要はあります。

 

私的には、黒字化できないイベントを開催することそのものには何ら問題がないと考えます。

だって、われわれもマーケティングの工程においては、広告宣伝目的で予算をつぎ込みますし、その結果えるものは、決して直接的な売り上げだけではありません。

 

そういった最終的に得るべき利益が得られていないのであれば大いに反省すべきですが、意味がいまいちわからないのは、チケットの売り上げが伸び悩んだという点で赤字想定以上に発生したので補填するというのは、完全に事業の目的を見失った行動としか思えませんので、そういった点を見ても、組織が健全に機能していないことは明らかですよね。

 

この辺は、結構ベンチャー企業内でも起きる問題(声の大きな社内の誰かが「俺が責任を取るからすすめろ」的な)ですから、注意したいものです。