何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

手段を選ぼうが選ぶまいが加害行為を正当化する事はできない

 

水戸 聖火ランナーに水鉄砲で液体かけたとして逮捕 五輪反対か | 聖火リレー オリンピック | NHKニュース

"水鉄砲を撃っただけ"という神経が理解できない。何か、貴方は中身が何かわからない液体を、まったく見ず知らずの人間から突然かけられても一切不安も不満も抱かないと?だったら不法侵入だって窃盗だって合法だろう

 という話しについて、気になるコメントがあった。

 

手段を選ばないのは〜みたいな言われ方してるけど、水鉄砲なんてめっちゃ手段選んでるじゃん。この程度のことを笑えない人はメンタルやばいと思うよ。 - shufuo のブックマーク / はてなブックマーク

手段を選んだであったり、理由があるなどと言うのは加害者側の理屈。被害者には一切関係ないし当然選んだところで行為の正当化の理由にはならん。それが理解できない自分の冷静さの欠如を理解すべきかと私は思うよ

これね。

 

加害者は手段を選んでいるわけだからその程度笑い飛ばすべきで、それができない人間がおかしいと。

 

この手の加害者の視点でのみ物事を考えるのは、パワハラやセクハラでよくあるパターンです。

女性の服装が問題であったとか、例えばその場に居合わせたのが配慮が足りないとか、自衛の手段はあっただろうとか。

 

そういう話しではない。

 

仮に何らかの自己の正義感に基づいて行動するのであればそれはそれですればいい。

が、それを向けるべき相手と、その方法を間違ってはダメ。

それを間違えばただのテロリストでありただの犯罪者に過ぎない。

 

中身が水なんだからというのは結果論に過ぎない。

それをかけられた人間のその時の恐怖や不安に対する弁解にもならないし、当然、水なんだからというのは加害行為を正当化する理由にはならない。

 

もしそれを身勝手な理由で正当化する事を認めれば、当然パワハラだって「会社の為」「貴方の成長の為」等といくらでも理由は付けられるし、イジメだったり、セクハラだって「本当は○○してやるところを、おれの優しさでこの程度ですんだんだぞ?」という謎理論すら正当化の理由になる。

 

ならんだろ、そんな馬鹿な理由は。

 

当然、最終的に量刑を図る時においては結果的にどの程度の被害であったかは議論されるべきだが、加害行為が行われた事実が覆るわけではない。

最終的に被害者が「結果として身体への被害もなく、精神的にも平静を取り戻せたので気にしません」と取り下げれば別だが、それですら当然加害者視点ではなく被害者視点で行われるのは当然であって、なんで加害者視点で加害行為の是非を語るのを当然と思うのか。

 

その上で、それが理解できないのはメンタルがやばいとか言っているわけで。

 

正常に判断するなら、擁護するにしてもせいぜい「感情は理解できなくない」程度であって、その一方で加害行為自体を正当化するような意見は出せないし、出さない。

 

加害者視点でしか語れない自分の愚かしさに恥を知れ。