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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

『大切』な物は『大切』に扱う事も重要

 

凍結精子失い、妻は泣き崩れた 病院が無断で保存中止:朝日新聞デジタル

どっちにも落ち度があるのですごく難しい。それが唯一の望みだというなら連絡をこまめにしどんな事情であれ引き継ぎ先も速やかに探すべきだし、病院ももっと積極的に関わるべきだったと思う。後味悪すぎる。

2015/05/20 16:57

 よんだ。

 

まずどんな事情があるにせよ当事者の気持ちは代弁できないし、理解してあげる事も難しい。極論言えば、当事者からすると病院側に落ち度がなくても、それでも怒りはあるだろうし、それを他者がどんなに否定してもどうにもならない。

 

一方で、この問題が難しいのは双方に落ち度があるという点。

 

まず、『どうしても子供が欲しい』という気持ちが強いにもかかわらず、その唯一の手段であるものについて最善を尽くせていない点。

 

時系列を追うと非常に違和感がある。

 

病院側は『13年3月までに』新しい管理先に移管できるように対応してくださいと依頼している。

仮にここで病院側が『勝手に処分する事はありません』といったとしても、その『大切なもの』を守るための最善の努力を怠って良いという事ではないだろう。

記事では移管先の確保について夫婦は『結婚するまで置かせてもらおう』という合意を図っているが、この文章から察するに夫婦間の合意であり病院との合意ではないだろう。

 

ここで夫婦がすべきだったのは、新しい移管先がなんらかの理由で見つかっていないのであればその事を随時報告、相談すべきで、それが何より大切で取り返しがつかないものなのであれば余計に常に連絡を絶やしてはならないはず。

 

結局記事では『15年1月』に結婚した事をうけ、『15年4月25日』に面会を行い、そしてこの事実を知る事になった。

 

期限からすでに2年以上が経過しており、移管の依頼があった12年からでいえば、2年半を超える間、連絡もやり取りもなかったという事が推察される。

 

少なくとも私が同じ立場なら、『13年1月』または『13年2月』には病院に赴き、事情を説明し、期限後の対応について相談しているだろうし、移管先を見つける事についても病院や医師会などに相談しもっと積極的に行動していたと思う。

 

夫婦がなぜその行動を取れなかったのか、もしくはとったという事が記事でもれているのかはわからないが、その部分は謎に包まれている。

 

一方で、病院側の行動も非常に杜撰なのは否めない。

ここで杜撰なのは、処分を行った事ではなく、これだけトラブルが想定されるもののやり取りにもかかわらず記録がほぼ存在しない事。

こういうケースでは少なくとも個人もリスクを負うが、それ以上に消費者対組織という構図になるわけで、そう考えても担当医だけでなく、場合によっては担当弁護士も同席の上、当然記録を取った上での協議となるべきだと思う。

それが一切行われておらず、カルテに一言伝えた程度の記載ではこのような言った言わないの議論となっても仕方がない。

 

また、処分する際ももう少し告知の方法はあったのではないかと思う。

もしも訴訟リスクまで考慮するなら、新聞広告(数行程度であれば20万円程度で掲載可能)などを使って、告知も行い、その上で廃棄をするなども可能だったと思う。

ただ、プライバシーの問題もでてくるため、どのように掲載すべきかという問題は残るが、裁判になった場合、他の手段を適切に講じたのか?という点は争点になると思われるので、その部分を適切に対処すべきだったと思う。

 

そこまでしてもなお、連絡がつかない場合、もはや病院側にできる事などなく、本人たちがなぜ連絡を怠ったのか、なぜ移管先を見つけなかったのか、見つけられなかったなら、なぜその時点で使用するのか、使用しないのかという選択を行えなかったのか?という部分のみが残るが、いずれもこれは夫婦側の事情であって病院が無償で対応すべき次元を超えていると判断される。

 

結局、双方落ち度があり、病院という組織上法人側が批判にされされやすいという特性もあり、コメントを見てもやや偏った意見が多いように見受ける。

 

確かに病院と患者は信頼関係で成り立つべきだが、その信頼関係は病院や医師側だけで作るものではなく、患者やその家族も含め一緒の構築するもので、双方が信頼関係を構築できるだけの行動をとらなかった時に『信頼』という言葉を使うような状況に陥ってはならないと思う。

 

見ている側としてももう少しどうにかなったんじゃないのだろうかと思わずにはいられない記事だった。