何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

個人的にはゼロ点の報告です

 

CDN切り替え作業における、Web版メルカリの個人情報流出の原因につきまして - Mercari Engineering Blog

その認識ではダメよ。そもそもコレはインフラ設計時点でのミスで切替作業には関係ない。選定時点で仕様に違いを認識できておらず、且つ、その状態で変更手順やテスト手順を作成した事が原因。それでも普通は発覚する

2017/06/23 12:52

 

うちのチームでこの報告だとゼロ点です。

 

理由は2つ。

 

まず、そもそも移行先選定時点でCDNの制御方式を含む違いを的確にレポートし、その評価が行えていないわけで、そもそも切替時点のミスではない事。

 

次に、そもそもですが、CDNを含む仕組みであればキャッシュコントロールというは基本中の基本で、どのような移行であれ、キャッシュ制御が正常に行われている事は確認します。

つまり、仮にCDNの制御方式の違いを認識できていなかったとしても、本来CDNを利用する仕組みで一般的に行うべき評価を着実に行っていれば、少なくともProduction環境でしか、つまりぶっつけ本番でしか発覚しないとしても、お客様からの指摘がある以前に切替直後に自社で状況を認知でき、直ぐに対応を開始できたはずなのです。

 

結局、切替時云々というよりも、1つは根本的な設計ミスにより発生した問題で、2つめは運用管理上の問題であったというだけです。

 

で、その部分が正しく評価できないというのは何が問題かというと、原因と対策が正しく認知・設定できていないという事なんですよ。

 

CDNについて「は」今回の対策でもしかすると良いかもしれません。

が、本質は設計時点のミスがテスト工程でも発覚できないという現状の運用や体制であって、人的ミスは基本起きうるものなので、如何にその部分を仕組みで軽減するかというのが必要なわけです。

 

例えばそれは、新しい技術や設備を選定する場合は、そういった諸元のようなものが確実に選定作業中に確認できるようになっているであったり、選定メンバーにはそういった人材が正しく選ばれており、運用サイド、開発サイドそれぞれの立場から正しくレビューできているであったり、そういったプロセスが回っている状態を作る事が大切です。

 

また、テストやチェックも同様で、自社が採用している技術がどのように組み合わさっているのか、その点を理解すれば自ずとこういったテストケースは明確になります。

 

通常、ローカルキャッシュであってもアプリケーションレベルのテストでは当然正常な情報が表示されているのかという点が含まれています。

それはただ単純に表示すべき情報が正しいのか?という事だけではなく、ヒット率は想定通りであるのか?であったり、効果が適切にあらわれているのか?という事であったりと、実際にはチェックポイントは複数存在します。

 

つまり、キャッシュ機構を使うテストとして必要なものが含まれていないという事が問題で、それが着実に実装されていれば本来は人的ミスがどこかででてきてもちゃんとストッパーとしての役割を果たすのです。

 

これは当然他の実装にも関わっていて、キャッシュ機構以外にもWebサービスでは様々な仕組みを用いて高速化であったり、管理の効率化を図っています。

そのようなものを人間が逐一理解し把握、適宜手動で確認をするというのは現実的に限界があるわけで、素考えると「仕組み」としてのそういった取り組みが存在しないという事が本質的な問題であって、点のフォローをすればよいというものではありません。

 

システムに完璧というものは絶対にありません。

人間の行う事にも完璧というものは絶対にありません。

そして、ミスや失敗は行為は問題であるものの、それ自体は誰がやっても発生する可能性はゼロにはならないわけで、起きた事は悔やまれますが、そこから正しく学び、それに正しく対応する事が重要なのです。

 

そう考えたとき、原因の認知と対策の検討がズレているというのは、発生した問題の影響よりも、システム・サービスとしての脆弱性を如実に表すモノで、技術的な視点でみると、この報告書の方が僕は非常にミスが多いと感じます。

 

詳細(この報告では行った事の事実を列挙しているに過ぎませんが)を報告する事は良いことですが、当然それは正しい認識と正しい対応が揃わなければなりません。

 

一般の利用者としてこのドキュメントを見る人は「そういうことなのか」程度で突っ込む必要もないとは思いますが、技術者としてこのドキュメントを評価する人は、これは本当に根本原因なのか?という視点でちゃんと評価できないと、それは貴方自身も同じミスをする体制を手元に構築している可能性があるという事です。

 

そしてそれは、貴方自身だけの問題ではなく、もしかすると組織・チーム全体の問題にもなりかねません。

 

技術とは小さな複数の技術の集合体であり、サービスとはそういった技術の集合体です。

 

技術者が行うべき事は、そういった集合体を、いかに正しく、いかに効率的に運用するか、運用できる環境をつくるのか、その手段が例えばプログラミングであったり、基盤の選定であるわけです。

 

ですから、集合体を正しく管理するという視点で見ると、プログラミングミスも、設計ミスも、オペレーションミスも、規模や影響は違えど同じミスであって、原因は大抵の場合は似たようなものなのです。

 

この視点が持てれば、極論言えば、テスト工数を多少削減したとしても、設計であったり、レビューであったり、様々なところで予防的なプロセスが働くようになり、負担を軽減しつつ、効率的な運用や開発が行えるようになります。

 

コメントを眺めていると、記述されている事の本質についてあまり理解していないような気がしましたので、あくまでもただのいち技術者としての視点・意見ではありますが、単純に「いいね」とする話でもないよ、と言わせていただきました。

親の罪を子に背負わせる人がいればそれはネトウヨと変わらんよ

 

親父がネトウヨでつらい

親が実名でネトウヨだと具体的に何が問題なのかよくわからんな。思想信条は親子でも自由なのでネトウヨは賞賛されないとしても、ご本人がそれを信じるならどうしようもない。どのみち批判と闘うのも本人だろうしね。

2017/06/21 12:06

 

まぁ、心中はお察しいたします。

 

が、とはいえそれはご本人の自由としかいえない。

 

そもそもバランスが大事で、右よりも、左よりも、正直どっちも現実には害悪でしかないのだけど、信じているご本人達には、右からすると右は正しく左は間違い、左からすれば左は正しく右は間違いという事が唯一の真実で、それ以外の人からすると、ぶっちゃけ右も、左もどっちもうざいでしかないのだよね。

 

ただ、思想信条というものは正しい・正しくないという事を定義する意味はないので、行動が法に触れないのであれば、親子で議論する事は良いとしても最後は本人がどうするかでしかないかと。

具体的な行動(例えばヘイトスピーチを行っている等)を行っている場合は、それはもう法律で裁かれる範疇なので、親子云々関係なく通報でよいかと。

 

ちょっと話は変わりますが、一般的に偏った思想というのは、まぁ、周囲からすると迷惑なものではあるのですが、ただ、一般的にその親が偏った思想をもっていたとして、その子と関わっている人間がそれを話題にするのかなぁ、という疑問はあります。

 

僕はそもそも知人の親や兄弟の宗教や行動について基本的には興味はありませんから、こちらから聞くことはありませんし、語られたとしても特にどうという事もありません。

というか、本人が共産党支援者であっても、民進党支援者であっても、自民党支援者であっても普段はどうでもいいかなとすら思います。

そもそも私の生活の全てが政治に関わる事で埋め尽くされているわけでもないので、まぁ、政治の話をするときはそれぞれの考えをぶつけ合うとしても、それ以外の時にわざわざそんな面倒な事を持ち出す事はありませんよね。

 

逆に、そういった事情を知ったとして、少なくとも本人以外のそういった事情を知ったときに、その本人に対して「お前の親はネトウヨだから」という事で批難浴びせるような人がいるのであれば、個人的にはそちらの方がどうかとも思います。

 

それこそ部落差別や出生や経歴、そういったものによる差別と同様で、ネトウヨ云々の話以前、もはや人間性の世界でどうなのよ、といった話だと思います。

 

まぁ、親と自分が思想信条で違うというのは結構つらいという所は理解できます。

で、実際の世の中は「差別は良くないよね」とネットで正義を語る人が多いわりには、実社会では差別ばかりの世の中ですから、そういう意味でも親や近親者、関係者に偏った信条を持った人間がいる場合、自分もそういった目で見られて辛い、という事もわかります。

ただ、だから親には云々を言い始めると、結局は、その考えは正しくない、この考えだけが世の中から理解されるという、(誰かにとって正しいと思われる)思想信条の統制という話にもなり、個人の自由はどうなるんだという事にも発展します。

 

本来は個人の自由は他人の自由を侵さない限りは守られる話ですから、逆に、他人の自由を侵してはならないわけですがね。

 

辛い、という部分的な悩みはわからなくはないものの、本質的には親の行動で子が責められるという状況の方が本来は異常であって、そう考えると、本来はこの話は親子間で思想信条が異なる、という事でしかないはずなんですよ。

 

だとすると、結局、何について理解してほしいの?という部分がぽっかりのこるわけで、なかなか一言で「つらいわなー」とはいえないかな、と思いますね。

僕、実は、電通含め、大手広告代理店のクライアントだったんですよ

 

今まで黙ってましたけど、僕、国内(ちなみに、海外も東南アジアあたりは幾つかの大手含む)の大手広告代理店のクライアントだったんですよ。

 

あと、直でいうなら、新聞社も経済新聞であったり、地方紙も幾つか、雑誌も経済雑誌で何度か出稿とタイアップしてたんですよね。

 

その他、たぶん、アフィリエイト系の胴元さんとも何度も仕事していたよね。

 

その他、リクルートさんとか、豆蔵さんとか、いや、もういろいろな所に結構な額で出稿・発注してたんですよ。

 

だから、僕の発言に、元コントラクターはもっと真摯に耳を傾けろ!

 

なんて思いませんし、言うつもりもありません。

 

以上。

 

<修正>

受注者の意である部分に「クライアント」と記載していました。

明らかな誤植ですね。失礼いたしました。

この場合は、元ネタで委託者をクライアントとしているので、受託者はコントラクターとなりますね。

勢いで書いてすみません(だが、反省していない)

地球Bもないが、人生Bもないんだけど?

 

マクロン氏「プランBはない。地球Bはないからだ」:朝日新聞デジタル

マジで最低な表現。地球Bはないだろうが人生Bはないんだよ?で、その選択は少なくとも公平に行われるべき。同調圧力で成しえるものではない。温暖化対策は大事だしやるべきだが、だからといて全てを正当化はできんよ

2017/06/03 02:47

 

彼には人生Bがあるのかもしれんが、私にはないらしい。

 

温暖化の取り組みは個人的には進めるべきだと思うし、こういった事の結果は残念ながら私が生きている間に結果は出づらく、何に対する投資であるかという事を自身で理解し納得しながら進めるしかない。

 

トランプ氏の公約もその実行も賛同はしない。

が、私はマクロン氏のこの物言いにも賛同はしない。

むしろマクロン氏のこの物言いの方が個人的には怒りを覚える。

 

何かを判断、選択するというのは、これは一人ひとりが行う事で、他人の意見は参考にはするとしても、最後はその人の事情や環境によって、その人自身が行う事でしかない。

 

少なくともトランプ氏の支持者というのは、現状の枠組みについて否定的な人達であり、将来の投資よりも今の生活をどうにかしてほしいという人達なわけで、そこは理解しなければならない。

 

もっとも、だいぶトランプ氏の支持率も下がっているので、その支持者がどの程度いるのか、というのは多少疑問は残るが。

 

温暖化対策の為に、政府や企業は何かしらの負担をしているわけで、その影響は少なくともわれわれにも何らかの形で影を落とす。

ただ、少なくとも温暖化対策が必要であると考え、その負担を許容できる人であったり、そういった事よりも極端に優先順位が高くない人にとってはそれは容易に受けいれられるだろうし、それ以上に、むしろ受け入れる事が当然であるとすら考えていると思う。

 

が、中には将来の地球の事よりも、今日の自分の生活の方が深刻である人もいる。

そういった人が、少なくともわれわれとは違う決断をしたとして、それを受け入れる事は難しいとしても、だからといって全てを否定してよいわけではない。

 

特に、選挙によって選ばれるという事は、選挙公約であったりあらかじめ定めている方針であったりに大して一定の信任を得ているわけで、それが仮にクレイジーな公約であったとしても、それを望む人達が一定数いるという事は事実であって、どんな綺麗ごとを並べてもなかった事にはならない。

 

先進国の貧困層と、発展途上国の一般層ではどちらが幸せなのだろうか。

 

私は、精神的には先進国の貧困層の方が辛く、肉体的には発展途上国の一般層の方がつらいのだと思う。

 

しかし、実際には発展途上国の人はわれわれが思うような事には辛さを感じていないという事もありますがね。

 

精神的な負担と、肉体的な負担はどちらを優先すべきだろうか。

 

実際問題、アメリカの富の配分状況を見れば、そもそもアメリカ経済で潤っているというのはかなりの偏りがあり、単純に先進国という言葉で括ってはならない事は明らかだ。

 

日本も同じで、ただ「日本」というだけで誰しもが幸せな生活をおくっているわけではないし、貧困問題も残念ながら未だに解決をみずそこに当然のように存在する。

 

富の偏りが顕著になるほど、こういったクレイジーな意見が当然のように受け入れられるようになる。

それは至極当然な事で、そのことを理解しないとこの状況はより深刻な状態となる。

 

「プランBはない。地球Bはないからだ」

 

一見すると非常にすばらしく、そのとおり、と勘違いしてしまいそうなフレーズだ。

 

だが、それはわれわれの人生も同じだ。

誰かの為に自分が犠牲になるというのは非常にすばらしい事であるかもしれない。

その犠牲も、誰かにとってはさほど負担ともならず気にする事がない程度のものかもしれない。

 

だから?

 

それはあなたにとっての解釈・理解であり、私であったり、誰かの理解ではない。

 

私は大抵の負担は耐えうる。

経済的にもそれなりに潤っており、年齢もまだ限界を感じる年でもないため、肉体的な負担にもまだ耐えうる。

 

が、全ての人がそうではない。

その人にとって、これ以上誰かの為に自分の人生を犠牲にすることができない、と感じた人がいたならば、それはその人の限界なのであって、それを無理強いする事はできない。

 

確かに、共有財産である地球というものや、環境というものをどうするのか?という問題は残る。

さらに言えば、アメリカという大国が行き過ぎた保護主義をより表立って主張し始めたとき、そのほかの国がそれに同調する危険性もある。

 

が、それであっても、これはダメ。

 

本当に将来に投資すると考えるなら「犠牲はみんな等しく」ではなく、「負担できる人から負担する」としなければ絶対に続かない。

 

俺も負担しているのだから、お前も負担するのは当然だ、というのはもはやただの強制でしかない。

 

私は、既に国という単位でこういった問題と取り組む事に限界があるのだと思う。

個人の所得や資産といった経済的耐性であったり、場合によっては発展途上国であれば生活の違いから先進国とは異なる負担が可能であったりする。

そういった、もっと個の違い、環境・境遇の違い、ストレスの受け方の違い、そういったものとちゃんと向き合わないと、これだけ格差が進行した世界が、同じ目的に投資するというのは難しいと思う。

 

私だっていろいろな場面で「それは不公平だ」と思う事はあるし、実際言葉にすることもあるし、ブコメにもそういったことは述べる事もある。

 

が、ただ、不公平である、と率直にいうことと、尤もらしい言葉で相手を全否定することは違うし、それは流石にアウトだと思う。

 

そういった意見がでている背景であったり、なぜそういった事になったのかを考える必要は、少なくとも犠牲を強いる側である政治家はより真剣に考えるべきだと思う。

 

それができないのであれば、ただの理想主義者でしかないよ。

いろいろありましたがこれで終わり。

 

今日。 - 渡辺明ブログ

当然の事ではあるし、時間もかかりすぎた。けどもまずはその一歩をちゃんと踏み出したことは評価する。自己の考えが受け入れられない事は誰にでもある。その時にちゃんと向き合えることも一つの大事な事だと思うよ。

2017/05/25 12:43

 

まぁ、最終的には成るべく形になったのかと。

 

唯一、ブコメIDコールでいくつかご意見をいただいていたものの、レスをしなかったのが本件です。

 

理由はいろいろあるのですが、当事者以外の意見に耳を傾ける事には基本は意味がないので、そこで盛り上がる事にはあまり加担したくないな、という点も多少あり、あえてどのような形であれ結論がでるまでは意見としてそれ以降はまとめない事としていました。

 

今回こうやって渡辺棋士自身が結果を報告していますので、個人的にはこの結果があるべき形であるとは思いますし、まぁ、欲を言えばできればもう少し早く実現すべきであったとは思います。

 

あくまでも個人的な意見や考えですが、僕個人は渡辺棋士は心の底から全ての事について納得はしていないとは思います。

その事自体はやむをえないと思いますし、逆に僕がそういった立場であっても、葛藤、つまり自分は正しいはず、という気持ちであったり、自分は将棋の為に、という気持ちであったりと、渡辺棋士自身の正しさに基づき行動し、それを信じていた、いまもいるのであろうとは思います。

あくまでも僕がそう思っているだけで、そうでない事も当然ありますが、そう思われていてもそれは間違いではないという事ですね。

 

その事は何人も否定する意味がないのですが、その話と、組織としての立ち居振る舞いとは別であると考えます。

 

将棋を個人間で指すだけであれば、将棋というルールのみで良いですが、将棋連盟という一つの団体があり、その組織の中に属する以上は、結果として組織が一つの決着をつけたのであれば、それはそれに組織人としては従うしかないという意見です。

 

また、繰り返しになりますが、今回の一件はやはり権利を剥奪するまでのプロセスがあまりにも稚拙過ぎます。

 

これほど強引に進めるのであれば、せめて第三者委員会では覆せないぐらいの客観的な証拠を複数提示するぐらいの状況でなければなりませんが、伝わってくる限りでは、結果から推測されるものであったり、限りなくそう思われるという程度のものに過ぎません。

 

当然、棋士にのみ公開されている情報もあるので、全てを知りえているわけではありませんが、ただ、その情報を用いても結果的に第三者委員会としては黒とは断定しないと結論付けているわけで、その結果としてプロセスの杜撰さ、言い換えれば、なぜ第三者委員会が黒といえないようなものを、異例の形で認めるようなプロセスを踏んだのか、何度も言いますが、剥奪する前に、第三者委員会の設置と検証をすべきであって、それ以外のなにものでもありません。

 

先日、ドルトムントのバスが爆破されるという事件がありました。

私はあれをリアルタイムで追っていたのですが、あのCLの開催日の設定でも思いましたが、その結果を誰が望んでいるのかと。

選手が不安定な状態で戦う事に何が意味があったのかとも思うし、その結果、サッカー界に残るのは金が最優先であるという結論でしかありません。

 

竜王戦についても止むを得なかったという意見もありますが、私は、棋士にとって最高峰である竜王戦の対極という真剣勝負の場を、不正という棋士にとってもっとも不名誉な形で権利を剥奪するというのは、まさに選手やファンの気持ちを置き去りにした運営の怠慢でしかなかったと思います。

 

事実、対戦相手の丸山棋士は「日本将棋連盟の決定には個人的には賛成しかねますが」という意見を述べるという異例の事態になっていました。

 

当然、組織としての問題という一面もあったと思います。

なぜ、一部の棋士の一部の意見のみでここまで杜撰なプロセスでこれだけの事を進めてしまったのか。

連盟とは特定棋士の私物化したものではないのか、もっと言えば、不正疑惑すら連盟の派閥争いに利用するのか、という疑念すら沸く状況です。

 

また、棋士であったからこそ不正が許せないという気持ちはわかります。

が、棋士であるからこそ、その不正という行為を告発するのであれば、慎重な判断、適切なプロセスが必要であって、それは自分にとって万全であればよいわけではなく、連盟という組織全体にとって、少なくとも、連盟の多くの棋士にとって納得がいくかたちのものでなければならず、それが結果的に軽んじられたのであれば、それはどんな理由であれ仕方なかった、というレベルでは済まされません。

 

例え疑念をもったとしても、それを疑念であるうちは、断定できるまではそれは結局はただの疑念であり、個人の意見、一部の棋士の意見であるに過ぎず、であればそれこそ臨時の会合を開き、一部の理事や棋士が勝手に判断するのではなく、ちゃんとそういった疑念があり検討しなければならないことを明らかにし、最初から第三者を踏まえて行うべきだったのです。

 

正直、今回の一件は、関係者が違えばおそらく違った結果であったと思います。

不幸、偶然、過去のやり取り、派閥、いろいろなものが絡んでのこの結果です。

 

ただ、それであっても、やはり組織として一つの結論がでた以上は、組織に属するのであれば、やはりその方針と結論に対して、本心は別としても沿った対応をすべきであって、それ以外に連盟にも、連盟に所属する棋士にも現状は選択肢はありません。

 

ともあれ、記者会見も開かれ、三浦棋士自身の口から、それ以上に表情からみてもこれで終わりであるという事が良くわかる記者会見であったと思います。

 

当然、万人にとってこの結果が納得いくものでない事はわかります。

ただ、それを蒸し返すというのは、おそらくはサプライズであったという渡辺棋士の謝罪すら無にする行為でもあるので、僕はこれはこれで議論は終わりであるとの考えです。

 

不満、情報不足、怠慢、杜撰さ、どこをとっても、誰にとっても非常に不満足で最低なやり取りではありました。

当事者にとっても、関係者にとってもです。

 

が、であっても終わりです。

 

個人的には、次、三浦棋士と渡辺棋士が直接戦う事があったとき、この事件について話題が先行せず、一つの対極として扱われ、平穏な環境が戻る事を願います。

 

渡辺棋士にとっても辛い時期ではあったと思いますし、それは間違いないことだと思います。

 

だからこそ、これで綺麗に手打ちとして終わりにし、関係者、ファン、全ての人が将棋というものでのみ話せる環境にもどっていただければと、一ファンとして切に願います。

実にはてならしいやり取りだけど中身は結構深刻な話

 

TwitterとMastodonで書き込みを同期する最悪なサービス - ゆっくりしてない

なんだろうな。本題の話の意図が理解できないと言う人がわざわざ絡む意味がわからんし、そもそもお前らこの問題はマストドンの成長上結構ガンになる話なんだぞ?こういう話と向き合えない人はお帰り願う話ではないの

2017/05/12 12:12

 

マジ激おこですよね。

 

まず、ブコメは本当にどうしようもないコメントなんだけど、記事の作り方としては確かに微妙ではある(人の事は私もいえませんが・・・)。

が、まぁはてなの面白い所はそれでも読むという所が非常に味わい深い。

 

まぁ、大半の人はマストドンなんかやってないので、ヘイトを吐き出すためだけのブコメなんだけど、そこははてなの文化なので個人的にはどうでもいいです。

むしろ平常運転で平和な日本に生まれてよかったと思います。

 

で、記事中の話は結構深刻で、同期するサービスは私の周りでも速攻で作った人がいたけど、速攻で否定したんだよね。

 

理由は単純で、そもそもマストドンTwitterと同期する意味を考えるべきで、そこに意味があるのかと。

さらに言えば、記事でも(別記事の方が読みやすいのでそちら参照)言及しているように、仕組みの違いにより起こる問題があるわけですが、少なくともそのサービスのファンとしてツールやサービスを作るのであれば、その仕組みについてはちゃんと考えて作らないと、元のサービス自体を腐らせるガンにしかならない。

 

ある人にとっては「あー、マストドンはおわっちゃったねー」でも良いかもしれないが、当然そこに期待やまじめに向き合っている人もいるので、自分が成長を期待する人間であるならば、やっぱり作り手としてはそこはちゃんと考えて関わらないとだめ。

 

とはいえ、そこを何も考えない人が勝手にどんどん作ってしまうので、逆を言えば、そこまで考えたサービスを作る事で悪貨を駆逐する事もカウンターとしては有り。

 

そんな話をしました。

 

こんなことを書いたり、話したりしている私ですが、私自身は当初から一貫して「おもしろいサービスはあるが、サービスとしては(一般に広く普及するという形での)成功はしない」と断言しております。

 

ただ、一般受けしない=失敗ではありませんからね。

 

マストドンにはいろいろとマストドンとしての良い点があります。

一応建前上はTwitterの代替という表現がありますが、僕はそれも一つの可能性に過ぎなくて、もっと別な可能性、つまり併存もあるし、統合もあるのだろうなと考えています。

 

TwitterにはTwitterの良さがあって、マストドンにはマストドンの良さがあって、両方受け入れられる人もいれば、どちらかしか受け入れられない人もいるので、これは結局、「普及した」という結論でしか図れません。

 

ただ、普及する為には様々な課題を乗り越えなければならないのですが、その一つがこういった問題なんだろうとは思います。

 

逆を言えば、こういった問題をコアなファンが一つ一つ可視化し、議論の土台に乗せ、様々な視点で議論し、結果としてマストドンとしてはどうあるべきか(Twitterでどうあるべきかは、それはTwitterユーザーが考えるべき話なので)の答えを出し、それを文化として(場合に寄ってはインスタンス毎の文化として)積み上げるしかないのだろうとは思います。

 

そういった意味で、こういった意見は、書き慣れていない人がかけば、読みづらい、分かり難い、ブログ向いてないという意見も多分に指摘されるのだと思いますが、そういった事は気にせず、まずは気づいた人が可視化する事が大事です。

 

どんな形であればまずは問題提起し可視化する事で、インターネットというところは、それこそTwitterマストドンのようなツールを使い、話が拡散され、課題として認知されることで、次はそれをより理解しやすい形に変換し発信してくれる人が現れます。

 

なので、気にすることなくどんどん発信すれば良いでしょう。

 

所詮は個人のブログは個人の殴り書き程度のであり、雑記です。

文字が汚い人がいたり、言葉遣いが悪い人がいるように、それらの表層的な事は、実際のところ中身の価値は関係ありません。

 

ただ、文字が綺麗であったり、言葉遣いが適切であるほうが、相手に伝わりやすい、正しく伝わるという利点もありますので、何かしらのツールで誰かに伝えるときは、多少は配慮してもよいとは思います。

 

が、それは書く事が前提で、文字が汚いから書かない、言葉遣いが悪いから話さないという選択はすべきではないでしょう。

 

敬語が使えない若手の意見でも、妥当な意見であったり、有益な意見であれば聞き手がその意図を理解すればいいだけの事ですからね。

 

繰り返しますが、僕はマストドンは残念ながら一般層への普及は難しいと思っていますので、マストドンファンの敵かもしれませんが、マストドンというサービスが進む過程を眺める事は技術者として好きですので、そんな身勝手な人間の戯言だと思って頂ければと思います。

1度目でも10度目でも同じでしょ?

 

何度産休したらクビに出来るの?

よくわからんが、いきなり明日から産休入るわけではないよね?数ヶ月は準備期間あると思うんだけど?その時間で準備できないのはなぜ?そんな高度で複雑な業務を余剰人員無しでやってるほど貴方の職場は過酷なのか?

2017/05/11 10:09

 

実に味わいぶかい。

 

釣り針にしても下手過ぎるので、本音じゃないかと思わなくもない。

 

で、そもそもこの手の意見には大きな疑問が湧くんですが、通常の職場で1度目の引き継ぎと、2度目、4度目、10度目の引き継ぎの負担の割合って変わるんだろうか。

 

大抵の場合、出産後は育児にあわせた仕事量になっている事が多いのだけど、まぁそれも1年〜3年程度で終わると。

で、仮に3年後に通常のシフトでフルタイムでバリバリに残業どんとこいで働いていたとして、その人が仮に出産するとなったとして、3年に1度の引き継ぎなんて職場によっては普通よね?

 

いや、1年毎に出産してるんです!と言った場合、そもそも子供が生まれて1年間なんて大変な時期であって、その人に引き継ぎが困難な仕事を受け持たせているのは、流石にハードルが高いと思うけど。

確かに、昨今では女性の立場からしても、出産して育児中だとはいえ私は単純労働をするような人間ではないのだ!という意見はあるので、産後の職場復帰においても、そういった配慮が違う意味で行われて、復帰前の仕事に戻すという事も取り組まれていますね。

 

という前提で考えたとして、それは確かに毎年だと大変ではあるものの、それでも大丈夫じゃない?

 

だって、出産するとなっても、そもそもいきなり明日生んでくる!っていってないよね?

 

最低でも3ヶ月から半年程度は引き継ぎ期間とれると思うんだけど、その時間で引き継ぎが大変って、どんな職場だろうか。

 

そもそも仕事は、出産に限らず、あす僕が事故死する可能性もあるよね。

だとすると、全ての業務を並列化する事は合理性に欠くとしても、僕がどんなことをどんなサイクルでやっているのか程度の全体像は仕事として会社側が理解する必要はある。

 

で、当然世の中そんなホワイトな職場ばかりではないのが実情ですから、途方もない分量の仕事をスタンドアロンでこなしているとしますよね。

 

で?

 

 

それは出産の問題ではなくて、職場の労働環境の問題じゃないの?

 

その問題が、出産というイベントにより可視化されただけでしょ。

 

あなたが今やるべき事は、そういった問題を抱えている職場、または、もしかすると貴方自身のダメな仕事の仕方であったり、もしくは育児中の同僚がこなせている仕事を引き継げないというなら、貴方自身のスキルを上げる事も必要なんじゃないの?

 

むしろ4回も出産による引き継ぎできたんだったら、もっと環境や対応が改善されているべきで、改善してもダメならもっと改善が必要なんだよ。

改善されないなら、それは結局職場の問題。

 

もし出産を否定できるとすれば、いきなり「ごめん、明日出産予定日でその後産休入るね」といった場合だけだよ。

流石にそれは僕も辛いね。

 

それ以外は例えば事故にあって入院した同僚がいて、その人にむかって「なんでおまえ事故にあったんだよ!自己管理できていない証拠だよ!」と言えるなら言っとけばいいんじゃないでしょうか。

 

何れにせよ、出産の問題ではなくて環境の問題だよ。