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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

子供を持つ人の環境を改善しようとする人としない人の構図の方が致命的

まじで子育ての難易度どんだけ高いんだよって地元帰省して思った話

別に犠牲になる必要はないけど、冷静に考えて子供を育てた事が有る人が子育て世帯の味方にほとんどなっていないような現実の方が相当辛いかと。国会でも会社でも、子持ち同士で対立する無意味さとか正直心が折れる

 

よんだ。

 

個人的に思うんですが、子供を持つ人と、持たない人の構図というよりも、子供を持つ人の環境を改善しようとする人としない人の構図の方が致命的だと思うんです。

 

例えば、会社組織とかだと、結構役職者は既婚者であったり子供がいる世帯ってのは多いんですよね。社長もそうだったり、役員もそうだったりね。

 

じゃぁ、その人たちが、会社を率先して子育てしやすいものにしているかというとそんな事は無いですよね。

(当然、全くない訳ではないですが、個人的にはあまり見かけないですね)

 

会社でなくても、以前も書きましたが、私のマンションでは子育て世帯同士で朝から喧嘩されているケースもちらほら見かけます。

(我がマンションは子育て専用フロアがかなりの面積を占めるので結構特殊です)

 

私からすると、正直、なんで同じ境遇同士で朝から喧嘩するんだよ、と思わなくもないのですが、結局は子育て世帯だから何でも共有・共感できるわけでもないんですよね。

 

一番厄介なのは「私はこうやっている」であったり「我が家はこうですから」みたいな、子供がいない世帯の偏見よりも、自分も子供を育てているという意識から自分以外の子育て世帯の粗(正しい表現ではないですが、おそらくそうみえているのでしょう)が目についてしまうケースの方が根は深いと思います。

 

どうしても自分はできている・頑張ってやっているのに、貴方はなぜできないの?ってなってしまいますからね。

 

まぁ、わからなくもないんですけどね。

 

例えば、朝・午後・夕方のワイドショーとかやなんやらで虐待や育児放棄の話題がでると、コメンテーターの意見はだいたいの場合、「私たちの時代は」で責任を問うケースか、「親のケアが必要」というような環境の問題を問うケースのいずれかに集約される気もします。

また、その雰囲気だけで言えば、どちらかというと親の責任を問うような風潮が強いのも事実だと思います。

 

ただ、そもそもあのワイドショーって、単身世帯の人向けの存在というよりは、どっちかというと既婚世帯の専業主婦(主夫)向けであたったり、既にリタイアしている世代(祖父母)であったり向けだと思うんですよ。

で、あれであーだこーだー言っているのって、結局、同じ境遇であったり、同じ境遇を経験した人たちだと思うんですよ。

(単身者世帯のそれも子育て未経験者で、あえてあの独特の雰囲気のあるワイドショーを10時ぐらいまでゆっくり見ている人や、14時ぐらいから16時ぐらいまでの放送を見れる人、あとは18時から19時後頃の放送を見れる人って相当少ないと思うんですよね)

 

この感覚も偏見といえばそうですが、あの放送内容とスケジュールは少なくとも単身者受けはしないし、それを意識したものでもないですよ。

 

まぁ、マスコミのリサーチ不足で、そういった人たちが望まない放送内容になっているという事も考えられますが、そうであれば、それを見た人たちは声を大にしてこの放送内容はおかしいと抗議すべきだと思うんですよ。

 

個人的には、少なくとも子育て世帯や子育て経験世帯同士が共存・共栄する事ができる環境が整えば、子供のいない世帯のうち、少数派と思われる子育てに理解を示さない世帯との争いでしかありません。

 

それも、住環境は都心でいえばかなり子育て世帯は固まりつつある(補助であったり、学校の関係であったり)状況ですし、前述したように本来会社にも子育て経験者は多くいるものと思われますから。

(そのうえ、比較的年長者であったり権力者であったりね)

 

普通、どうしても子育て者の敵は子供を持たない人=理解できない人、という構図になりがちです。というか、単純に考えれば「子供を育てた事無いからそんなこと言えるんですよ」となりますからね。

 

ただ、子供を育てない人と、子供を育てる人が交わるのは、公共交通機関であったり、ある程度限定される場所だと私は思います。

確かに毎日買い物もするじゃないかと言われるでしょうが、子育て世帯が子供をつれて買い物をする時間帯は明らかに集中しているし、その時間帯は圧倒的に子育て世帯が多数派だとおもいますよ。

実際、私はその時間にあたるわけですが、後方からベビーカーに引かれながら買い物をしていたり、食肉コーナーで子供が歌っている中、ひき肉を横から邪魔をしないようにとったりしているのでそういう感じが強くします。

 

結局そういった、実はいろいろとうまく調整できているものはあるんだけど、何かの弾みで堰を切ったかのように不満がこぼれる時が、私的には、子育てをした事が無い人とたまたま接点を持った瞬間なんじゃないかなと思うんですよね。

 

それ以上に、おそらく子育て世帯の日常的な精神的負担になるのは、自身の家族や親族、周辺の家庭であったり、同じ小学校・保育園のような本来協力者が多くいるべき場所の方が、見ている限り、より深刻な負担になっているようにも感じます。

(国立系のお受験とか、修羅場以外の話は全然きかないですよね。生き馬の目を抜くみたいな)

 

文化が違う所をどう責めるかというよりは、私的には、文化が近い所からどうやって攻略するか考えた方がいいと思いますし、せめて、同じ境遇を経験したものであたったり、まさに今同じ境遇を経験しているものであったりが、偏見を入れずに、素直に支援してあげる事ができれば、相当環境は良くなると思うんですよね。