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何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

消費者であるという事は十分社会にとって価値のある事

 

俺には生きる目的がない。夢もない。ただ漫然とゲームやアニメ等のコンテ..

消費者というもの自体が社会の中の役割でそれは非常に重要なんですよ。そのことを否定しないでください。消費者がいるから社会は成り立っているのです。消費できる何かがあるというのは非常に幸せな事ですよ。

2015/05/07 10:10

 

よんだ。

 

個人の価値観や夢への対峙についてとやかく言うつもりはありません。

 

ただ、気になったのは冒頭のメッセージ。

 

俺には生きる目的がない。夢もない。ただ漫然とゲームやアニメ等のコンテンツを浪費し、飯を食って生きながらえてしまっている。死にたい。

 

という部分。

 

この部分だけを見てしまうと「夢もなく、ただ漫然と消費を続ける自分などは生きる価値もない」というように見えてしまいます。私には。

 

その部分についてのみいうならば、もしあなたが消費者という役割を全うしているなら、それは社会にとって非常に重要な役割を負っており、その役割を消費という行動によって十分に全うしているのですから、そのことは別に否定する必要はありません。

 

例えば、研究者が新たな発見をすることがなぜ社会から称賛され、社会的にも意義のある事と人は受け止めるのか、それは、その結果がのちの社会に多大な貢献をもたらすからです。

貢献とは、ただ、可能性が存在することではなく、どの程度の期間が必要かはわかりませんが、プロダクトやサービスとなって世に出ることで、私やあなたの生活を豊かにする事をさします。

(もしかすると、私の子供や、私の孫にとって、かもしれませんが)

 

但し、このプロダクトやサービスはただ存在するだけでは意味を持ちません。

私やあなたのような消費者がそのプロダクトやサービスを消費(利用)することで、その価値が評価されることとなり、それに係る基礎技術を含めての様々な研究成果が成果として昇華するのです。

 

つまり、あらゆることの最終的な評価は、消費者の消費行動によって決定されており、すくなからず消費者であるという事は、そういった決定に関与しており、そのことそのものが社会システムの重要な一部になっているわけで、そのことを理解してほしいのです。

 

アニメでも、ゲームでも、少なくとも自分の資産を対価としそれを消費しているのであれば、別にただのいち消費者であることを否定する必要ありません。

 

一方で、自分は消費者だけでなく、生産者にもなりたいのだ!というのであれば、消費者としての自分を否定することなく、新たな生産者となれる自分を見つければいいだけです。

 

 

そもそも、考えてほしいのは、消費者という自分ですら、いつでも簡単に手に入ったわけではないはずです。

 

学生時代は時間はあっても自由に制限があったはずです。

社会人になると自由の制限は狭まっても、時間や社会的条件等の新たな制限が課されているはずです。

 

その中で、消費という行動を実現するというのは、そういった制限についてその時の努力で消費するという立場を勝ち取っていたはずです。

(例えそれが無意識的であっても。です。)

 

アニメを理解するためには言葉や理解するだけの知識が必要です。

歴史ものであればある程度関係する歴史の知識があった方が楽しめるでしょうし、ファンタジーであっても、それをファンタジーであると飲み込み楽しめるだけの想像力や理解力が必要なはずです。

 

それは当たり前のように見えますが、実は、人により差があることで、もし今それが自然とできているのであれば、その為の努力をこれまでになしてきたという事です。

 

それと同じではないでしょうか。

 

生産者になるという事は非常に難しく、才能だけでも運だけでもだめでしょう。

ただ文章から察するに「無理」とあきらめにはまだ早いようにも思えます。

 

仮に、あきらめてしまってもいいと思いますよ。

あきらめた自分であっても、消費者として社会の役割を十分に全うすることはできているのですから。

 

あきらめたくない、めんどうなのもいや、だったら、めんどうと思わない方法をのんびり探せばいいんじゃないですかね。消費者の立場でいながら。

 

何も社会に貢献していないという事をよく目にしますが、なかなか本当に社会に全く貢献しないというのは難しいものです。

 

そのことだけは理解してほしいと思いました。