何気ない記録

なんとなく自分の意見を書き記すときにつかいます。つまり不定期更新です。

いちいち「女性だけ」と宣言する事や客観性のないTPOを基準とする事への不快感

石川優実11/22「もう空気なんて読まない」🇯🇵🌈🥺👞👠 on Twitter: "なんかよく分かんないんだけどさ、そんなにみんな仕事中に自分の服装の自由を行使するっけ?表現として。 その場その場でふさわしい格好をすることと、関係ないところで自由に好きな格好をすることは両立するやろと思うんだけど。 https://t.co/2m1PlygZom"

石川氏は葬式で露出させろとかそういう自由を求めた訳じゃなくて、靴擦れ起こしやすかったり歩きにくい靴を女性だけに強制するなって言ってるんだから別に矛盾してないのでは。痛くない靴でもTPOに合わせられるし

『石川優実11/22「もう空気なんて読まない」🇯🇵🌈🥺👞👠 on Twitter: "なんかよく分かんないんだけどさ、そんなにみんな仕事中に自分の服装の自由を行使するっけ?表現として。 その場その場でふさわしい格好をすることと、関係ないところで自由に好きな格好をすることは両立するやろと思うんだけど。 https://t.co/2m1PlygZom"』へのコメント

当時もだったが女性だけとなぜ勝手に宣言するのか謎。男性だって革靴スーツが強要されておりTPO云々なら男性だって社会的常識という名のもとに制限は受けている。いちいち「女性は」とか誇張はいらないと私は思うが。

上手くコメント部分が引用されなかったので2段で。

上はid:tvxqqqq氏の意見で、下がそれに対する私のコメント。


僕も仕事をヒールでやる事に意味はないだろうし、合理性もないだろうなとは思う。

が、その話と、意見を表明するときに、特に社会的な問題と向き合うときに正しい認識と正しい意見表明をする事の大事さは両立すると思う。

 

少なくとも服装規定というものについて日本は面倒が多いのは男女共通していて、以前から述べているように、ヒール問題を除けば圧倒的に男性の方が制約は多い。

多くの企業でスーツ着用はほぼ強要されている上、仮に社内で許可されていても相手先(訪問先や常駐先)の事情に合わせるよう強要される事も多く、インターネットベンチャー等の特定の業種を除くと、スーツ又は指定の服以外での勤務というのは中々選択できない。

靴についても革靴がほぼ一択で、他の選択肢はなく、ヒールよりは楽でしょ?と思うだろうが、明らかに快適ではないし機能性も低く、ヒール同様に合理性はない。

 

で、私は別に女性が男性の問題や事情まで踏み込む必要はないと思う。

女性が女性の課題に向き合う、それで十分だと思うし、そんなに問題を広く論じる余裕はないだろうなと思うし。

 

その一方で、そういった問題があるとき、それがさも女性固有の問題のように論じる人については「社会的な問題に向き合いたいのではないのだろうな」とは思う。

 

論じるのであれば、単純に女性はヒールで勤務する事について合理的ではないと感じているという事を強く述べればよいだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 

で、この話題、石川氏に対して突っ込んだ人もいたと思うけど、たしか当時も「男の事なんてしらねーよ、勝手に自分達でやれよ」的なリアクションが大半だった。

 

いや、そういう話じゃないよ。

社会的な問題をさも女性固有の問題とする事が問題で、そういった問題のすり替えをしてしまうと、今後もそういった議論の時に偏った整理や誤った対応がでるわけで、そういった2次的な問題を起こさない意味でも、何が問題なのか、どのような背景があるのかは正しく発する必要があるわけで。

 

例えばVTuberの件も、もしもTPOを満たしていればよいという話であれば、そもそもヒールを履くという事自体は別にTPOを満たしていないわけでもないし、むしろそれ自体は社会的に常識として広く認知されていた。少なくとも就活本にもそういった記載がされる程度には。

当然それに意味はなかっただろうし、合理性もないが、TPOの議論に合理性はそもそもない。

極論TPOなんてものは、誰かがそれが適切なものであると認識しており、それが広く合意形成を計れていればTPOを満たしていると認知される程度のもので、それ以上でもそれ以下でもない。

 

なのでTPO云々で批判・肯定をしようとするとそもそも話がおかしな事になる。

 

結局TPO云々で否定するというのは、どのように言いつくろっても、大多数は否定的ですから、その大多数の意見に従うべきという話を正しいとしているわけで、それであれば別にヒールを履くという事に合理性がなくとも、大多数の常識として認知されていた事を覆す必要もなかったと私は思う。

 

ヒールを履く事について、これまで常識とされていても、冷静に考えればそれに意味はないし、むしろ非効率的であると。

その上そうである事自体にも意味はなく、靴自体は他にもビジネスの場面では使われているわけだから、他の選択肢に切り替える事を考えるべきと、つまりは今までの常識を否定して、正しい認識にあらためたのがあの活動だったのではないかと私は思うのだが。

 

それを、いやいや、常識ってありますよね、とか言い始めて、それが多くの人の認識において、つまりTPOとしてという多数決のような判断基準で正しい正しくないを論じるとかは客観性は少なくともない。

 

なお、そういった意味でいえば、いくつかの記事で意見を募っている限り、多くの人は女性も含め、別に問題にするほどのものでもないと意見しているわけで、それでもTPO云々というのは、結局私の基準には合わないと宣下しているだけで、基準が自分に合うものがTPOであって、それ以外は認めないと言っているだけなのですが。

 

もしもTPO云々で議論したいのであれば、それが社会的に本当に否定されるものなのか、非常識であると思われているのか客観的に判断できるようにするのが正しい在り方なのではないかと思うが。

だからこそ、いくつかの記事では特に女性に対して意見を募っていたのだと私は思うし、その上で不快感を示す人が多数を占めたのであればそれは仕方ないのだと思う。

実際にはそれらの記事では特に不快感を示す人は限定的で、基本的には気にしない人が大半であったわけだが、それでもTPO的に不適切であるというのは、具体的に何が基準になっているのだろうか。

ヒールが正装であるとした旧来の常識を、無意味なルールや定義とした事と、社会的には特段それが不適切だと思われていないのであれば、それがTPO的に即していないとは言えないとする事にどのような違いがあるのか僕にはわからない。

 

なお、この手の調査は当然バイアスがかからないようにする必要があるので、Twitter等で行う意味はない。

というのも、当然だが、誰かがTwitterでアンケートを取れば、その人の意見に同調する人が集まりやすいわけで、偏った結果がでる事は言うまでもない。

 

インターネットアンケートサイト等で無記名式の全世代向けのアンケートを行うか、第三者的な客観的な意見を出せる人がやる以外に確認する術はないとは思うが。

 

いずれにせよ、社会的問題を「女性固有の問題」のように殊更宣言する人や、TPOといいつつ、その基準を自分の判断に基づくものとする人というのは僕は不快感を覚えるし、余り信用するに値しないとは思う。